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大倉宏の美術講座「水彩画の魅力」

鑑透明水彩と不透明水彩(ガッシュ)
透明水彩やガッシュは、アラビア・ゴムを用いた「ゴム・テンペラ」のひとつで、顔料をアラビア・ゴム溶液で練り上げたもの。材料自体は同じだが、顔料/固着材(糊)比が異なり、それに伴って性質に相違が生まれ、使い分けされる。透明水彩は「画面から下地を透かして見せる透明画技法」に、ガッシュは「下層を覆い隠す不透明画技法」に用いられる。当初は練り固めたものを干して提供され、使用者が買い求めてアトリエで削り、水を加えて絵具にしていた。次いで蜂蜜を湿潤剤に利用し、蛤のような二枚貝の殻に入れた品が出始める。産業革命の時代に、グリセリンが豊富に出回るとこれが有効な湿潤剤に利用されるようになり、相呼応して金属チューブが発明されるや、アラビア・ゴムとグリセリンをたっぷり用いた「最初から濡れた」絵具が市場に登場した。これが透明水彩であり、ターナーやコンスターブルが水彩画の権威として名を残したのも、産業革命の舞台がイギリスだった事と関連する。

「弱い絵としての」水彩画
水絵は…材料の性質上、多分に日本在来の墨絵と似通っているからこの煮詰める絵である…水彩は弱くていいのだ。弱いのがその稟性だ…長編小説でなく詩歌だ…自由にして柔らかにして而してセンチメンタルな情調の象徴詩だ。そのつもりで見て欲しい。(古賀春江(1895-1933)の「水絵の象徴性に就いて」1920・大正9)

水墨画の発生
溌墨という技法 酒を飲み、歌を吟じ、紙の上を暴れ回って墨を溌(そそ)ぐ(無意識の解放)。

水という物質
筆触の輪郭をぼかす。描画過程をコントロールしようとする意識に対して「妨害」として働く。

水墨画と禅宗
禅=合理的意識の世界から解放された心の状態

偶然とコントロール
「賢明な水彩画家は流動的な絵具の思い通りにならない広がりを好む。画家には絵具の流れをつかみ、それを定まった方向に向ける余裕がない。広がりをせきとめるための筆のタッチのひとつひとつは、また新たな流れをつくりだすばかりである。絵具が乾いた後にどのように変色するかが完全には予測できないということとはまったく別に、画家はコントロールを保とうとする努力からつねに一歩退いていなければならない。しかし乾いた筆を使う画家と比べて、その画家の無責任、あるいは幸運な偶然への過度の信頼を責める者はいない。逆に水彩絵具の上首尾の使用は、すぐれた技術として賞賛される…すぐれた水彩画家は、色の流れを機敏にとらえるのである。彼は一瞬のうちに紙の上の出来事に反応する。才能ある水彩画家といい加減に偶然を利用する者の違いは、その都度新しい決断を下さなければならないこの敏感な反応と即座のフィードバックによる。偶然はたちどころに美術家のコントロールに合体し、どこまでが意図的な構想であったか見分けがつかなくなる」(A・エーレンツヴァイク『芸術の隠された秩序』)

水墨画と南画(文人画)
江戸時代のマニュアル本の功罪

明治初期の文人画ブームと水彩ブーム
明治10年・水彩絵具、ワットマン紙市販される 同12年絵具国産 同22年英国の水彩画家アルフレッド・イースト、同24年ジョン・バーレイ来日。三宅克己、丸山晩霞、大下藤次郎など専門水彩画家誕生。同34年『水彩画之栞』ベストセラーになる。同38年雑誌「みずゑ」創刊。同39年日本水彩画会創立。

水彩画論争
同37年三宅と油絵画家鹿子木孟郎との間で交わされた論争
「水彩画は油絵に比べて不完全な絵であり、一国を代表する画家に水彩画家はいない、水彩画は大望ある画家の専修するに値しないもので、素人の慰み半分か、画家としての大成を諦めた者のためのもの」(鹿子木)「水彩画は油絵に比べても独特の<妙味>がある。水彩画はどこまでも水彩画である。その特殊の技巧をさかんに研究して発揮すべきである。自分には一流二流、大成、小成の差別はなんらかかわりない」(三宅)

大正期後半以後の透明水彩画の衰退
「油彩画に負けない画面作り、さらに色彩の明暗、濃淡をより豊かにしようとする結果…透明水彩のみならず不透明水彩の併用も積極的に行っていった」中西利夫(1900-48)の水彩解説『日本近代の水彩画』岩波書店1996
「近頃の水彩画は、殆ど例外なく透明なるべき水彩絵具にホワイトを混じてボディーカラーにして、謂はばグアシュと同じ様に痛めてしまって描いて居る。…明るい処は白地を透かせるのではなくてホワイトを多分に混ぜた色を厚く重ねて描いている。従って水彩本来の味の水を巧みに使って見せる処がない。…それならば、何故不自由な水彩絵具を捨てて、敢然と油絵に走らないかと思わせられる」(伊原宇三郎の評 1936昭和11)

 
  
   
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