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 「画廊をやってるんですが…」なんて説明しなくてはいけない時、ちょっと緊張します。
 ひとつは、画廊というコトバに緊張を引き出す成分があるからです。音が怖いということですね。「オレは並木町でガロウやってる」なんて書くと、ほら怖〜いでしょう。
 画廊は、そもそもはGallery(ギャラリー)の翻訳で、大正時代には画房、画堂という言葉もありました。ガボウ、ガドウは音がユーモラスだから、定着してたら画廊のイメージは変わっていたかもしれません。画のある部屋、建物のことだから、画廊(画のある廊下)より意味も正確です。
 なのになぜ画廊になったかといえば、1.Galleryに音がより近い 2.Galleryにもともと通路(廊下)の意味がある、という原語尊重気分に加え、3.画廊の音に一番緊張感があるのが、ほかならぬ理由じゃなかったろうかと推察します。
 画廊は西洋画・日本画という「近代画」を商う店として登場しました(「日本画」を日本古来の絵と錯覚するむきがあるかも知れませんがこれも「近代画」。「額装」されるのが共通の特徴です)。近代画と近世画(たとえば浮世絵)の違いは近代画は「芸術」になったことで、私によれば芸術とは実は新しい「国家資格」でした(詳述は略しますけど)。その認定試験として明治40年に国設の展覧会(文部省美術展、日展の前身)が作られ、後に民間の認定機関として二科展、院展などができ、それがどんどん増え、東京では年間を通じ数え切れない種類の「公募展」が現在開かれているわけです。「お墨付き」ありの絵を売る店が画廊だったのですから、音に硬さ(=威厳?)のある言葉が定着したのだろうと思うのです。
 もっとも名前だけでなく、私の体験でも、画廊はじっさい緊張する場所ではあります。最大の理由は(日本のたいていの画廊が)狭いことで、人が沢山いればいたで、いなければいないで緊張する。主らしい人がソファーなんかに座ってると結構怖いし、作家と思しき人が来客とくつろいでしゃべっていたりするのも窮屈だ、というのが普通のヒトの心理でしょう。ブティックと同じで、買う気がないのにゆっくりしてると、冷たい目で見られるんじゃないかと気になります。
 画廊は小さい美術館、それも無料の、なんてどこかで言ったら、それは違う、画廊だって小売店なんだから、そういう物言いはよくない、と怒る人がありました。そのとおり、商売は画廊側から見て大事なんですが、でも実際画廊をはじめて分かるのは、画廊に来て絵を買う人は滅多にいないということです。来客の「買わない」率ベストランキングの店種に、絶対画廊はくいこんできます。
 なぜ買わないか、原因は根深くて、私は「近代画」の権威主義が新しい「商品」が「買われる」のに必要な市場開拓の努力を阻害してきたことに遠因があるのだろうと思います。ともかく結果として、画廊の人は「買わない来客」に慣れています。買わないからといって冷たい目で見られるなんてことは、「売る」ことを前面に押し出している画廊以外では、絶対にありません。絵は大量に売れませんから、画廊は一等地に店を張れず、奥まった小さいスペースにあることが多い。足をはこんでくれること自体がうれしいというのが、画廊の人の率直な気持ちなのです。
 ですから画廊は小さい美術館、それも無料の、と思ってくれていいんです(もうひとつ「買える」と形容を加えるとより正確です)。画廊は怖くありません。実際は歓迎されているのが分かっていれば、緊張もゆるむでしょう。絵を見るのが好きならどんどん画廊に寄りましょう。で本当に気に入った絵に出会ったら、値段が釣り合うと感じたら、思い切って買うことを勧めます。私の体験では一回買うと、画廊に行く楽しみは倍になります(「買えない」苦しみも増えますが)。
(美術評論家・新潟絵屋企画運営委員代表)

※この原稿は2001年12月に発行された「サブ」に掲載した「画廊は怖くない」を掲載しました。


 

大倉 宏(おおくら ひろし)
■1957年新潟県生まれ。
東京芸術大学美術学部芸術学科卒。
85〜90年新潟市美術館に学芸員として勤務後、フリーとなり、新潟を拠点に美術評論を行う。
共著に『越佐の埋み火』(新潟日報事業社)、編集・構成に『洲之内徹の風景』(春秋社)。
現在、新潟絵屋運営委員代表。長岡造形大学、新潟デザイン専門学校講師。

「東京ノイズ」
大倉宏 著
256ページ
定価1,500円+税
アートヴィレッジ刊
ISBN4-901053-23-X

 
  
   
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