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| 晶文社 |
今から3年前、「風だるま」がまだ毎月出ていた頃の1993年12月5日号に私は柄にもなく特別企画展「吉田東伍とその周辺」という催事批評なるものを書いてしまった。そして今また懲りることもなく、あの民俗学の権威、谷川健一氏の最新本「独学のすすめ」の書評をやってしまおうというのだからたまらない。ただの中年建築屋の私が書くことになった訳にはいくつかあって、ひとつにはこの本を編集した晶文社の小尾章子女史にはたくさんの借りがあった。そして何よりも著者である水俣出身の民俗学者、谷川健一氏に一言いっておきたかったのである。
さて、本書はみなさんもよく知っている南方熊楠、柳田国男、折口信夫、そしてほとんどその名も知られていない、わが新潟県出身の吉田東伍、中村十作に青森出身の笹森儀助という、いずれも「お仕着せ」を嫌い、自分で自分の道を切り開いた独学の先人たちの痛快な生きざまを在野の民俗学者の第一人者、谷川健一氏の講演録を元にして著されたものである。
とくにわが町の出身である吉田東伍については3年前、安田町で行われた特別企画展での谷川氏の講演を起こしたものであるから一層興味深く、あっというまに読んでしまった。それまで地元町民にもほとんど知られていなかった東伍ではあったが、今では5億円ちかい大金をかけて吉田東伍博物館を建設中であったり、この夏には紀伊国屋書店からビデオまで発売されているという。そう、今回は町起こしの自慢話ではなく私は書評をせねばならないのである。
あとがきに「与えられた既成の価値には目もくれず、新しい明日の世紀を開くために『自分で自分を作る』道を歩こうとする人びとに、この本は捧げられます」とあった。私は「学校に行きたくない」と、時々愚痴を吐く息子たちにこの本を薦めたが、中2の長男は「難しいよ、これは」と、ぼやきながら手にした。確かにそうだと思う。
近所の子で保健室にしか通えない子がいる。また、子供たちを東京の大学に入れたお陰で借金を抱え身体を壊してまで働く夫婦がいる。本書はこんな時代の子供や親に読まれるべきものであり、何よりの勇気を与えることだろう。ただし、残念ながら子供たちには少々難しいものとなっている。
谷川氏は民俗学を「神と人間と自然の交渉の学」と定義し、渚や地名や神の森などが破壊され、侵害されることに抗議することは民俗学の理念からすれば当然の義務であり、日頃の学問研究の延長線上におけるささやかな実践なのだという。それは南方、柳田、折口ら民俗学者に共通する常民(庶民)に学ぶ姿勢とともに私がもっとも感動するところであった。また、中村十作や吉田東伍は右よりの改新党に属していたというが、とくに十作は宮古島の人頭税廃止運動に事業資金を投げだして没頭し、最後には勝利するわけだがその栄光は誰にも語らず終えていく格好の良さなのである。
さて、話は少々ずれて恐縮だが、ご承知のように水俣病事件は40年目、新潟は30年にして一応の決着を迎えたわけだが、私は患者が多い安田町に暮らしてることもあって、いつの間にか25年も係わってきてしまった。
そしてこの「独学のすすめ」で登場する、故郷の安田をこよなく愛した吉田東伍や板倉町出身の中村十作が生きていたならば水俣病事件にどう係わっただろうと本書を読んで思った。
南方、柳田、折口、笹森いずれの場合もきっと、川の民である被害者の話しを充分に聞き取ってくれて、間違っても「ニセ患者」などと世間には言わせなかっただろう。
水俣病といえばまずそれを判断する医者がいる。そして、それを否定されることによって裁判が起こり、弁護士や運動家が必要となり、いかにそれが悲惨な事件かを表現する文学や映像、絵画などの表現者が集うことになる。
私は3万人を動員したという「水俣東京展」から違和感を引きずったまま帰って本書を読むことになるが、今更ながらに気がついた。水俣病事件で失われたものは健康被害だけではなく、川の流れや風を読み、魚と会話ができる川の民(常民)そのものを失ってしまったのである。
故郷、水俣の地を誰よりも愛しく思っているはずの民俗学者、谷川健一氏は私も含めこれまで水俣病事件に係わってきたすべての人たちに本書を読めと言いたいのではないか。
これから次世代に水俣病事件を伝えていくうえでこの視点はとても大切なことだと私は思った。
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