1993年12月発行 第5号 風だるま

日本歴史地理学のパイオニア
吉田東伍とその周辺


旗野秀人(建築家)

 読者はわが新潟の出身で南方熊楠に優るとも劣らないと言われる超人学者吉田東伍の存在を知っておられただろうか。彼の出生地、北蒲・安田町で10月9日から3日間、その業績を回顧する特別企画展「吉田東伍とその周辺」が地元の安田歴史地理研究会の主催で行われた。
 私は会員ではないが、記録映画「阿賀に生きる」の製作、上映に係わった経験から、マスコミなどへの情宣活動を勝手に引き受け、会場準備や警備を映画上映の仲間と一緒に少し手伝ったりもしたのでその感想を書いてみた。
 展示会場の入口には原稿用紙の模型が天井高く積み上げられていた。これが文字数千二百万字の前人未到の大巨編「大日本地名辞書」のボリュウムだという。これほどの大著を在野の一個人がわずか13年間で書きあげたというのだから凄い。
 当日、会場にも来られていた評論家の紀田順一郎氏は「今なら何百人という学者、研究者をかき集めても、20年以上はかかるだろう。まさにギネスブックもの」とその超人ぶりを評している。
 展示会は質、量ともにこれまでにないものと谷川健一氏をはじめ中央の専門家も高い評価をしてくれたといい、政治史、経済史、法制史、社会学、民族学、考古学、人類学、宗教学、文学とその53年9ケ月の生涯で著した単行著作24種15巻、論文300数十種という膨大な仕事量が実感できる展示であった。
 主催者が超人吉田東伍は生まれ育ったふるさと安田の風土と人があったからと位置づけ、中央でもやれなかった規模と内容で地方から発信できたことは地元の私にとって何より痛快なことであった。
 入場者数もこの種の催しものとしては驚異的で三日間講演会を含めて延べ1600人を数え、5都府県、30市町村にまたがったという。昨年の夏に安田町で上映した記録映画「阿賀に生きる」が2日間で800人余りの動員だから、今回はまさに大成功といえよう。しかし、私にはいくつか気になったことがあった。例えば入場者の年齢であるが、余りにも若い人が少なかったのである。同時に行われた記念講演会会場でもそうであったが、元教師で今郷土史研究家風に見えてしまうシルバーエイジが多かったようである。そして以外に地元の人が少なかったことも気になった。一緒に手伝ってくれた友達がいった「なんだかもの凄い人物ということだけはよくわかったが・・」と。郷土史研究家で謡曲をやっている知人でさえ「主催者の説明が受けられなかったら半分しか理解できなかっただろう」と漏らしていたのである。
 今回の大成功で生家の保存や記念館の建設もより具体的になるだろうが、町民が足を運べないようなしろものだけにはしてほしくないものだ。
 わが家の小学三年生が「てんぎゃん」という南方熊楠を描いたコミックマンガを買って見ていた。人気者の泉谷しげるなどが出演している熊楠の映画も製作中だという。超人吉田東伍ももう少し消化の良いものにできる方法はなかったのか。「もっと分かり易い説明があったらよかった」「子供用のコーナーもあればよかった」「要望や感想が書ける用紙が欲しかった」といったいくつかの感想を耳にしたのである。
 谷川健一氏が講演の中で「カラスの鳴かない日はあっても大日本地名辞書を開かない日はなかった」と言った。百年経っても吉田東伍は現役なのである。そしてそれは一部の研究者だけでなく子供たちや「阿賀に生きる」を見にきてくれたふつうの町民が足を運べる展示会であり、記念館であらねばならないと思う。今回、町は五百万円もの補助金を差し繰ったという、凄いことだ。どこの町や村でもやってる温泉堀や観光イベントに使うよりよほど意義深いことなのだから。