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晴雨計・01
「肩書」
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旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)
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旗野秀人(はたの・ひでと)
昭和25年北蒲安田町生まれ。水原高校卒。家業の大工を継ぎ、現在、旗野住研常務。新潟水俣病問題で、安田町未認定患者の会事務局を務める。また、芝居や映画上映を企画するなど地域文化活動のけん引役として知られる。映画監督の佐藤真さんをくどき落としドキュメンタリー「阿賀に生きる」を誕生させた“仕掛け人”。最近は「新潟の水辺を考える会」(会長・大熊孝新大教授)の会員となり、子供たちに川下りをさせたり、シンポジウムを手伝ったり、多彩な活動を展開している。
「旗野さんの肩書はなんとしましょうか」。いつものことながらこいつにはまいってしまう。
このコラムを引き受けてしまった時もそうだ。苦肉の策でこれまで使ってきた「安田町水俣病未認定患者の会事務局」や「阿賀に生きる・仕掛け人」などは編集部に言わせるともう古いのだそうだ。困った。結局、自分はコラムなど書く人間でないことに気づくわけだが、今さら後に引けそうもない。ようやく思いついたのが編集部も喜びそうな「新潟の水辺を考える会会員」であった。
4月26日付でこの欄に私の紹介が載ったとき、読者から抗議? の電話が入ったらしい。どうも「阿賀に生きるを誕生させた仕掛け人」のくだりが気に障ったらしい。映画は旗野ひとりの力で出来たわけではないというのだろう、もっともなことである。
映画が完成してこの春で5年になる。スタッフや関係者もそれぞれの道を歩み、登場していただいた患者の方も随分と亡くなった。そして、水俣病の問題も去年すでに和解をしている。なのに私のノートはいまだに毎週のように水俣病や映画の関係で予定が埋まっている。
例えば、18日にJA五泉主催の上映会がある。この男、きっとまた自分の映画のような顔をして出かけるに違いない。25日にはにいがたせっけんを使う会と患者の会との交流会が地元である。ここでも弁護士や医者のふりをして解説をしてしまうにきまっている。自分でも嫌なやつだと思いつつ、懲りずにまたも引き受けてしまうのだから、たまらない。
つい先日、新潟市内の建築現場で某テレビ局のT氏とバッタリ会った。開口一番「旗野さんの仕事しているの初めて見ました」。そう、私のほんとうの肩書は建築家だったはずだ。「Tさん、家建ててやろうか」「すみません、3年前に建てました」。やっぱり私はコラムニストになるしかないのだろうか。まてよ、一昨年の「それぞれの阿賀・写真展」ではフォトジャーナリストと呼ばせていたっけ。
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