新潟日報夕刊 1997年5月28日

晴雨計・04

「大正ダンディズム」


旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)

 渡辺生さん、80歳。小千谷市出身、日本映画の照明の大ベテランで現役である。というよりアルツハイマー病になった妻、トミ子さんを撮った映画「おてんとうさまがほしい」の製作者といったほうが知っている方も多いに違いない。
 3年前、映画「阿賀に生きる」の佐藤真監督がその後、最初に携わった作品として紹介してくれたのが、この「おてんとうさまがほしい」であった。できたてのホヤホヤのフィルムを全国に先駆けてわが安田町の文化祭で上映できたのがうれしくて自慢したものだった。
 1年後、製作スタッフのひとりであった監督志望のKちゃんと一緒にこのフィルムを持って近隣市町村を回ったのだが、私は十年余り前、新潟水俣病第二次訴訟を呼びかけながら映画「公害と闘う」を持って阿賀野川流域を上映して歩いたことを思い出していた。ニセ患者の補償金目当ての裁判などといわれながらの上映会はなかなかきっかったが、この「おてんとうさまがほしい」はどの会場でもわがことのように親しみをもって受け入れられ、私も素直に「ボランティア」していると思ったものだ。
 去年の暮れ、福祉界のノーベル賞といわれる小平奨励賞を生さんがもらったとの吉報を得て、出身地小千谷での上映会をプレゼントできないものかと考えた。長岡市在住のカメラマン・小林茂氏の協力などで地元とのパイプもできた。そして5月11日、小千谷市民会館は500人余りの市民で埋まった。地元スタッフのチームワークとパワーには脱帽である。上映が終わって短い時間ではあったが生さんとトミ子さんの主治医・岡田正勝日立梅ケ丘病院長との対談があった。生さんは「妻はもう私のことはわからないかもしれないが、私はいつも妻はわかっていると信じて病院に通っている」と言った。
 近ごろ、連れ合いに口もきいてもらえない、極楽トンボのアル中ハイマー病?の私には、薄茶のスーツをかっこよくきめて語る、生さんの大正ダンディズムが眩しかった。