新潟日報夕刊 1997年6月25日

晴雨計・08

「歌合戦」


旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)

 朝一番、現場に向かう車の中、携帯電話が鳴った。
 「大工さん、父ちゃんだげぇ、オレだぁ、なにしてだぁ」「今日は天気もいいし、仕事だよ。どうしたね?」「いいや、しばらくウンともスンとも言わねっからさ、たまには遊びに来らっしょ」(実は2週間前に行ったばかりなのだ)
 「うん、今日は行けそうもないけど近々また行くからさ」「おおそうけぇ、寝ても覚めてもお主のことがぁ〜」(おいおい、朝から歌ってる場合ではないでしょう)
 この人からの電話、いつも自分から名のったことがない。でもすぐわかる。かの有名な「阿賀に生きる」に出演した88歳の女優・Mさんからである。
 携帯電話はまだ続く。「みその入った瓶、どうした」「瓶まで舐めてしまわねぇて、今度持っていくからさ」「そりぁそうだべ、瓶まで喰わんねわな、あっはっは」。ガッチャンー。(だれだ、返すのはいつでもいいから持っていけと言ったのは)
 次の日曜日、敵はとても手ごわいので私は安田町の名物歌手?Sさんを助太刀に頼み込んで鹿瀬町のMさん夫婦を訪ねた。もちろん、2人は大喜び。Mさん早速、あちらこちらに電話をかけはじめた。
 「オレだ、なにしてだ。今、安田から歌手来て歌きかせっと、はよこらしぇ。おめぇこねぇど始まらんと」(なんともすごい誘い方である)
 しばらくすると隣のバァちゃんや水道の検針員のオジさんたちが集まる。普段は風の音や鳥の声しか聞けない2人暮らしのこの家ににぎやかな歌合戦がはじまった。
 私はダンボールの中の生温かい缶ビールをいただきながらこんなに楽しい時間を過ごしていいのだろうかと思ってしまう。Mさん夫婦、実は町のヘルパーさんや近所の人の手を借りないことには日常生活もままならない。歌手のSさんも80歳で独り暮らし。働き者で町の人気者ではあるが、ともに水俣病の患者である。お昼の弁当持参できた私たちは昭電(旧昭和電工鹿瀬工場)の裏山に日が沈んでいるのにも気づかないほどすっかり楽しんでしまった。