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晴雨計・09
「先生のたまご」
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旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)
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某国営放送のMディレクターから突然、電話が入った。近々、某大学の怪しげな一行が新潟入りするという情報である。何やら探偵小説のような書き出しだが、なんてことはない。以前、NHK新潟放送局にいた古い友だちのMさんからの電話であった。先々週あたりに「医者のたまご」のことを書いたばかりではあるが、今回は「先生のたまご」の話なのだ。
Mさんの話はこうだ。中央大学の教育学科の生徒が毎年全国各地で「教育実施研究」なるものをやり、今年は新潟なのだという。その環境教育班の学生が「新潟水俣病の教材化」ということに的を絞って、患者、医師、教師、弁護士、報道関係、支援団体などあらゆる関係者から話を聞きたいので、そのへんの段取りをしてほしいというのである。
正直なところ1週間のお付き合いはきつい。ましてや私の本職である建築業界は今とても不景気で、わが社も結構ヤバイ状況なのである。とはいえ、いつものことながら、もうコースを考えたりしてすっかりうれしい気分で腕まくり状態なのだ。「飛んで火にいる夏の虫」とはこのこと。これでまた「水俣病の教訓を生かす事業」を実践できる。訪ねてくれた学生諸君もすでに映画「阿賀に生きる」などを見て事前学習も完ぺきなはず。「阿賀に生きるスペシャルコース」を基軸にご希望の関係者が網羅されるように構成した。
それにしても患者の方は毎回よく動いてくださる。鹿瀬のAさんは元昭和電工社員で原告だった人、いつものように工場の裏山から説明してくれた。礼を言うと「お前さんに頼まれっとイヤと言わんねて、ボランティアなのにさ」と言われた。和解後も少しもその差別構造は変わらないというAさんに私は何をボランティアしてきたというのだろうか。いつかは一緒にこの公害の町おこしの力になれたらと願ってはいるのだが…。こんな恥かしい自分の姿も含めて「先生のたまご」のみなさんからはしっかりとその後の水俣病を見てもらうしかないだろうと思う。
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