新潟日報夕刊 1997年7月23日

晴雨計・12

「それぞれの阿賀」


旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)

 「芳男さん、ミヤエさんを温泉にでも招待しようよ」と映画「阿賀に生きる」の製作スタッフが一番お世話になったであろう鹿瀬の長谷川さん夫婦の慰労会を計画した。これまでも話はあったものの、なかなか7人のスタッフ全員が顔をそろえることがないまま完成後5年目にしてようやく実現したのである。
 カメラマン村井勇氏の“迷”司会で会は始まった。まずは「七人の侍」のその後をそれぞれが語ろうというのである。
 佐藤真監督はテレビドキュメンタリーを製作中の山形から駆けつけた。今年はめっぽう忙しいらしい。写真家の本橋成一氏と組んで「阿賀に生きる」のチェルノブイリ版?も作るのだという。カメラのコバさんこと小林茂氏も相変わらず超多忙で翌朝、二日酔いの頭を抱えながら映画「闇を掘る」の撮影現場の北海道へとんぼ返。録音の彰ちゃんこと鈴木彰二氏は映画「地域を紡ぐ」の完成後、また鍼灸師に戻って近ごろでは良き伴侶も得て幸せのご様子。撮影助手の山ちゃんこと山崎修氏はスタッフの合宿所であった「阿賀の家」を受け継ぎ、今では千羽の養鶏を目指すほどの大農園主である。録音助手の石ちゃんこと石田芳英氏は三条の鋸屋の跡継ぎとしてこの度、社長に就任したという。
 助監督の熊ちゃんこと熊倉克久氏は今回、唯一の欠席。相変わらず中国あたりに突然留学などをしてはけむに巻くのだが、たまに酒を飲みに来ると、新しい映画作りなどを熱っぽく語ってくれるのである。
 さて、七人目はスチール担当の村井ちゃんこと村井勇氏である。「八百屋の写真屋さん」「宴会カメラマン」などと散々言われてきた彼だが、いよいよこの秋に初の写真展開催が決まった。しかも大手出版社のグラビア掲載を機に首都圏開催の話も出ているのである。
 こうしてその後もそれぞれの人生をマイペースで歩んでいる七人の侍たちである。宴の最後に侍たち全員による「よかチン踊り」で老ゲストのお2人は腰を抜かすほど笑い転げていたのがとても印象的でうれしかった。