新潟日報夕刊 1997年7月30日

晴雨計・13

「水俣病資料館」


旗野秀人(新潟の水辺を考える会会員)

 今話題?の水俣病資料館が建つという豊栄市の福島潟へ友達と訪ねた。前日までの大雨のせいであろうか、真新しいせっかくの遊歩道がドロで汚れ、湖面には流木に交じって肥料袋やペットボトルも浮かんでいた。ここいらへんもなかなか「美しく」管理するには大変なところだぞ、と人ごとながら思ってしまった。もっとも大雨の後では阿賀の岸辺でもよく見かけたものだが、いくら公園が整備されたとはいえ、自然の力と近代化の産物と豊かさが生んだマナーの悪さなどこれからも格闘していかなければならないことだろう。
 遊歩道をしばらく行って振り返ってみた。民家風の「潟来亭」が少し小高いところに低くどっしりと立っていた。これがあたりの風景にとてもなじんで素晴らしく絵になっているのである。が、その背後にそびえて見える「ビュー福島潟」とやらのガラス張りの建築物はいただけない。形といい大きさといいこの土地の秩序を無視してはいまいか。第一、野鳥に対して申し訳ないと思うのだが。「これじゃ、ヒシクイもたまげて来なくなるわ」と私がいうと「鳥なんか、すぐに慣れてちゃんと飛んで来るて」と言われてしまった。瓢湖の白鳥の二の舞はあんまりだ。ネットワーク福島潟の会員であり、ファンのわたしはとても残念に思った。
 去年の春、阿賀野川流域市町村で写真展を開催後、各地で新しい友達もでき、交際も増えた。なかでも津川町やここ豊栄市の元気の良さはうらやましい限りで、学ぶことが多い。しかし、一歩間違うとよくある観光化の町おこしになってしまい、残るは自然破壊のつけばかりになりかねない。
 当初、私は阿賀の岸から遠い福島潟での資料館建設には反対であったのだが、ここ自然生態園のなかでも水俣病の教訓が堂々と語り継がれてゆけるとしたら、それはそれですごいことだと思い始めている。だから、資料館建設も「潟来亭」や管理棟のようにこの土地の秩序に従った、まわりの風景になじんだものにしてほしい。それは数ある水俣病の教訓の一つであろうと思うから。