「土と火を日々の糧にして随分と歩いたな」と思う時に、いつも心の端に引っ掛かるのは自然のありよう、空や風、山、水、石、木々…です。
いにしえのころ、鉄(たたら)を造る者、焼き物師、鍛冶師…など火を操る人たちは、通称「鬼」と呼ばれた特別な存在でした。火を扱う折には、常に天空に祈り身を清めて火に向かいました。
また別のある人たちは、濃紺の夜空にランダムにまき散らした星の天蓋から美しい物語を紡ぎだし、その上、天空に余す事無く明確に構造化された星座を創り出しました。
誰が、このような感性と理性をもって可能としたのでしょうか。
光と時間の移ろいに身を置き、かつて鬼たちが聞いていた炎の調べと土の言葉をきっちりと読み解いて土、鉄、水、気、を燃えさかる炎で溶くと…自然の断片が、私の手の中で少しずつ形を成して来ます。
たとえ、「石ころ」とはいえ、その中に必ず私たちには日ごろ聞こえない、たくさんの石の言葉が、ひそかに仕込まれているのです。
暮れなずむ青磁色の空にあかね色に染め上げられた雲、澄み切った風が渡り、ふっと「石」の前で足を止めた時、石のモノローグが聞こえて来て、行くべき方角と越えるべき山、渡るべき橋が、私には見つかるだろうか。
いまだ霧の中にかすんで見えない向こう岸へ渡る橋を見つけるために、できれば真っさらな荒野を歩いてみたい。