水彩画家、田村あやの新作がすばらしい。
美しい花を美しく描く画家としての田村の仕事は、すでに安定して、多くのファンもある。けれどこの数年来の「抽象」、そして大胆な椿のシリーズの発表は、堅実な画家の思いがけない冒険としてファンたちを驚かせた。その冒険を通じて、田村の花の絵が、より普遍性のある力と豊かさを内面化してきたことを、今回の新作、紫陽花の連作に感じる。
透明水彩という画材の奥行きは深い。それは同じ水性画材である水墨画の奥行きに匹敵する。墨が輪郭線をうめる黒い絵の具ではなく、線と面の要素を兼備した複雑なものであるように、透明水彩も鉛筆の輪郭から放たれ、水とともに広がる色面が形を、そして形のすき間を描きだす時に、絵画本来の危険な自由を獲得する。田村の紫陽花は、その揺れる自由の海に生き生きと潜り、浮上し、漂いはじめた画家の力強い泳力を感じさせる。
ベルベットの肌合いを思わせる深緑の暗がり、その美しい海から澄んだガラスの星のように輝きだす紫陽花。光と闇の微妙な諧調間に強い呼応がある。にじみやぼかしという水彩特有の表情が、通俗的な水彩画にありがちの付加的な効果ではない、全体の声に溶けこみ、絵をふくらませるものとして、生きている。葉を描く明るい緑の面のすき間(紙の白)が、鋭い葉脈の打音となって紫陽花の星を響かせる。
透明水彩らしい、透明水彩でしか奏でられない精妙で、スリリングな音楽が、闇と葉と花だけを描くシンプルな絵から聞こえる。