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にいがた水紀行・4
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果たして、鳥屋野潟の将来は?
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小船井秀一
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かつて、友人たちとこんな話をしたことがある。――せっかく鳥屋野潟みたいな結構な湖があるんだから、そのまわりを広く落葉広葉樹の林にしたら、きっとすごい公園ができるんじゃないかな。春は透明な新緑をくぐり抜けるこもれびに新たな季節の温もりを感じ、夏はうっそうとした木々の中で虫取りをしたり、湖畔で水遊び。秋は赤や黄色に色づいた木々の影が湖面に映る美しさを楽しみ、冬は立ち枯れた林の中に降り積もった雪を踏みしめながら、潟に集まるハクチョウやカモたちの姿を眺める。そんな公園がもしできたら、きっと新潟市ももっと素晴らしい街になると思うんだけどなあ「「。 もちろん、夢物語には違いない。現状でそんなことが実現するわけもないことは、百も二百も承知している。汚水とヘドロと利権まみれのこの潟を、そんな場所に生まれ変わらせるなんて、やっぱり無理なのかなあと、正直言って思う。 しかし、鳥屋野潟は新潟市を代表する水空間であることは確かだ。鳥屋野潟研究会の皆さんをはじめ、多くの人々がこの潟の将来を真剣に語っている。この雑誌の編集長、文化現場の小川弘幸さんも、かつては鳥屋野潟キャンペーンを仕掛けたことがあった。それだけの魅力が、この潟にはあるんだよね。だからこそ、現在この潟が置かれた状況を見る時、誰もが不安を感じるんだと思うし、夢のような未来を語らずにいられないんだと思う。 鳥屋野潟は、これからいったいどうなるのだろう。僕たちは、これからどうすればいいのだろう。そんな問いかけに対し、一つの答えを提案している人物がいる。鳥屋野潟研究会会員の尾崎富衛さん(69)だ。 尾崎さんは元新潟中央高校教諭。現在は植物の研究家として活躍している。 尾崎さんは、昨年夏に行なわれた水郷水都全国会議新潟大会に「鳥屋野潟の原風景、原植生の再現を目指して」という発表をした。その内容は、簡単に言えば、現在の潟の植生を残しつつ、潟の岸辺に落葉樹を主とする湿地林を形成し、人と自然の接する場所を生み出すというものだ。 大会の資料集で僕はこのレポートを読み、極めて面白いと思った。いや、面白いというより、これが実現すれば本当にいいだろうなと思ったのだ。僕自身がかつてぼんやりと考えていたことを、尾崎さんは実現可能な形で具体的に示してくれている。僕はどうしても尾崎さんに直接お会いしたくなったので、初対面にもかかわらず、ずうずうしくもお宅におじゃましてお話を聞かせてもらった。 「県内の他の都市にはそれなりに森林があるが、新潟市は信濃川や阿賀野川のはんらん原に成り立っているので、目立った森林はありません。新潟市民にも森林に親しんでもらいたいと思い、このような私案を出したんです。 鳥屋野潟(の岸辺)なら、湿地林ということになる。ハンノキやトネリコといった、はさ木に使われるなどして人との関わりが深い木や、湿地には必ず見かけるヤナギ、オニグルミといった木を植えたい。これらの樹木は、新潟の原植生として重要なのです。ヤナギやオニグルミは、上流の洪水などで種が流され、それが下流に定着して育つのです」。 なるほど、そういえば、阿賀野川の河川敷なんかには、うっそうとしたヤナギやクルミのヤブが広がっている場所がある。「これに付随して、マツやケヤキ、エノキも植えたい。これらはもともと砂丘列の高いところの、人家が形成されるような所に生えていた木で、たまたま人に保護された結果、今でも残っているものがあります」。 そのように、いろいろな木を植えて、鳥屋野潟の原風景としての林を新たにつくり出そうというのが尾崎さんの提案なわけだ。「湿地林を形成させるためには、ある程度の面積が必要です。潟の周辺にある公園などに隣接させる形で湿地林が作れれば、面積的にも余裕が出ます。また、どうせ作るなら、潟の周囲に最低でも40〜100メートルの幅を持たせたものにする必要があるでしょう。ある程度の面積がないと、林を維持していくことが難しくなってしまうのです」。 潟の周りを、四季折々の彩りを見せてくれる湿地林が取り巻いている、そんな様子を想像すると、なんだかうれしくなってしまう。だってそれは、かつて僕が夢見た風景そのものなんだから。「湿地林は、市民に対して緑を提供し、生活に潤いを与えるとともに、生態系の保存に大きな役割を果たします。落ち葉は地面に積もって腐葉土となりますが、かなりの量が潟の水中にも沈みます。すると、それをえさにする微生物が発生し、今度はそれをえさにする虫も増えます。さらに、その虫を魚がえさにし、その魚を鳥がえさにします。また、林そのものも、鳥や小動物のすみかとなります。このように、潟畔に湿地林を形成することによって、健全な生態系を構築することができるのです」。 鳥屋野潟を中心とする駅南地区は、将来の新潟の新都心といわれている。潟の北はすでに都市化が進行しつつあり、南はいずれ、一大スポーツゾーンとして大きく変わろうとしている。そんな地域の真ん中に、広大な自然公園が広がっている都市なんて、そうめったにあるもんじゃない。本当にそうなったら、いいよなあ。 と、ここまで読んで、「いくらなんでも、こんなこと実現できるわきゃねえじゃねえか。馬鹿も休み休み言えよ」と思った人もいることだろう(その気持ち、わからんでもないけど)。しかし何と、尾崎さんのこの提案を、行政側も関心を示しているんですよこれが。尾崎さん、新潟市や県の招きに応じて、今ここに書いたようなお話を担当官に説明しているんですよ。ていうことは、百%でないにしろ、この構想の一部は、ひょっとしたら実現するかもというわけだ。どうせ役所のやることだからあんまり期待しちゃいけないのかも知れないが、やっぱりちょっと期待しちゃうよね。 でもね、やっぱり肝心の鳥屋野潟がきれいにならなけりゃいくら周囲をお膳立てしてもだめなんだと思う。何としても、昔の清い水を取り戻すべく、僕たち自身が結局は何とかしないといけないのだろう。 今の仕事に就く前、僕は仙台で仕事をしていた。仙台には、広瀬川という美しい川が、都心のすぐ近くに流れていて、鮎釣りの人が大勢釣り糸を垂らしていた。この川が、かつて市民の生活排水で激しく汚され、どぶ川同然になっていたと聞いて、僕は少なからず驚いたものだ。この川を元の清流に戻すために、市民と行政が一体となって取り組んだ結果、十年かかって、とうとう昔のような美しいせせらぎが戻ってきたのだという(これについてはまた後で、詳しく書きたいと思います)。 鳥屋野潟だって、きっとできるはずだ。「どうせもうだめだ」とあきらめる前に、「とにかくやってみよう」と思うことが、今の僕たちには必要なんじゃないかなと、思うんですよ。これまで書いてきたとおり、まだまだ鳥屋野潟には大きな可能性があるんだから。都心に美しい湖と広い広葉樹林のある街、みんなで作ってみませんか? なんてね。(この項おわり)
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