風だるま No. 06
にいがた水紀行・6

 
学校の川で蛍をみた・大皆川
小船井秀一
 
  
 蛍を見たことがありますか?
「あるに決まってるじゃないか」と言うあなた、それ、どこで見ました?最近あちこちの自治体で流行している「蛍の里」なんて所で見たんじゃないですか? あれは、僕はおもしろくない。あんなところで蛍を見たってしょうがない、とまではもちろん思わないけど、どうせなら本当の自然の中で見たほうがいいに決まってる。「いや、私はちゃんと自然の中で見た」と言うあなた。おめでとうございます。ところで、何匹ぐらいいましたか? 一匹、二匹、せいぜい五、六匹くらいじゃなかったですか。「枕草子」の第一段に「夏は夜。……闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる……」とあるが、蛍が何十匹も乱れ飛んでいるのなんて、現代の人はまず見られないだろうと思う。
 てなことを書きながら、実は僕も、ごく最近まで、蛍はほとんど見たことがなかった。
 ところが、見たんですよ、蛍の群れを。もちろん百%自然のやつを。びっくりしましたよ。だって、その場所というのが、あんまり意外な場所なんだもの。
 あれは半年前、六月の終わりのこと。仕事を終え、夕飯を食いに出かけた僕と同僚の二人が、職場に戻ってきたのは夜の八時前だった。別に大した理由があったわけじゃなく、ただ単に僕の車を取りに帰ったのだが。
 ご承知の通り、僕の職場は加茂農林高校。今年で創立90周年を迎えた、歴史だけはやたらと長い高校だ。校地も広く、正門を入るとちょっとした植物園があったりして、なかなか面白い。裏の山からキジが飛んできてケンケン鳴いていたり、夜になるとムササビが木の上を飛んでいたりするという、何と言うか実に野性味のある学校なのだ。
 それはともかく。本校の中には、大皆川という自然の川が流れているんだけど、そこに掛かる橋を渡った時、僕は小さな光が目の前を横切っていくのに気づいた。「ヒトダマか?」と一瞬思ったが、あんな小さいヒトダマなんてあるわけない(別に見たことがあるわけではないが)。ふと視線を川のほうにやると、そこには30とも40ともつかない、点滅する光の群れがあったのだ。
 僕と同僚は、あまりの驚きにしばらく黙ったままその光景を見つめていた。暗闇の中、か細い光を明滅させて乱舞する蛍たち。あんなにたくさんの蛍を見たのは、初めてだった。
 この大皆川、実はもともとれっきとした信濃川水系の一級河川。1985年に改修で新しい水路が校地外に作られ、旧川の方は廃川になるはずだったが、学校側の働きかけで、そのまま残されることになったのだそうだ。つまり今は、川の途中から新川と旧川に分流しているわけだ。新川のほうはいわゆる三面張りの水路だが、旧川のほうは昔ながらのたたずまいをかなりの部分残している。
左)三面コンクリート張りの新大皆川

(右)「春の小川」のたたずまいを残す旧大皆川

   

 加茂農林高校生物部顧問の太田光太郎先生(38)に、大皆川の生物相について、話を聞いてみた。
「校内を流れる旧川は、学校ができた当時そのままの状態でかなりの部分が残ってるんだ。護岸は玉石で組まれていて、マムシやヤマカガシが住んでるよ。植物も豊富だし、半自然型の水路と言っていいだろうね。水は上流の農業排水や生活排水も交じっているから飛び抜けた清流というわけじゃないけど、生き物の観察にはなかなかいい川だよ」。
 そうすると、僕が見た蛍は?
「ヘイケボタルだよ。何、農林に四年近くもいて、蛍がいるってこと、知らなかったわけ?」
 …………申し訳ない。
「川にはアブラハヤ、オイカワ、タモロコ、スナヤツメなどの魚類もいるし、ミヤマサナエやヤンマなどのトンボのヤゴもいっぱいいる。川縁にはキクザキイチゲやエンレイソウ、ショウジョウバカマ、シャガ、イカリソウなどの植物が生えているし、他にも……」
 わかったわかった、もういいもういい。ところで、新しくできた川のほうは?
「あれね、実に貧弱な生物相だよ。トビケラぐらいしか見たことないなあ。三面張りで、生物の生産性がすごく低いんだ。洪水対策で、仕方ないのかも知れないけどね」。
 実際、それぞれの川を歩いてみる。旧川のほうは、苔むした玉石の護岸の間を、さらさらと水が駆け抜けて行く。川底は上流から流れてきた石で埋められていて、清流ムードを醸し出す。イメージとしては、ちょうど童謡の「春の小川」という感じだ。岸辺にたたずみ、せせらぎの音と小鳥の鳴き声を聞いていると、いつしか時間を忘れてしまいそうになる。来年の蛍の季節が楽しみだ。
 さて、新大皆川。今ではこちらが一級河川だ。
 しかし、見事なまでの三面張り。コンクリートが岸から底までを完璧に覆っている。ただひたすら一直線に、水は流れ下る。たくさんの生き物たちの息づかいが感じられる旧川とは対照的に、こちらはまったく無機的、無生物的な世界だ。水害の防止という単一機能だけを極限まで追い求めた、単なる「水路」なのだ。
 無論、水害が起こる危険のある川をまったく改修するな、などと言うことは僕には言えない。けれど、本来あらゆる生物の憩う場所であるべき水辺や川に、その痕跡がほとんど感じられないのは、やはり無気味だと思う。
 しかし、職場にいながらにして、まるで「使用前、使用後」のような川の姿を見られるというのも、なかなか面白い。
 今、世の中には「地球環境」だの「地球にやさしい」だのといったコトバが大流行だ。でも、自分の足下のことを無視して、いきなりそんなでっかいことを打ち上げるのは、無理があると思う。まず、自分の身の回りの環境を確かめて、それをどうしていこうか、と考えることから始めたほうが、本当はずっと「地球にやさしい」んじゃないかと、思うんですよ。そうすれば、今回の僕みたいな発見と感動を、きっとみんな味わえると思うんだけどな。

 

 
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