風だるま No. 10
にいがた水紀行・10

 
『水都・新潟を考える』の続き
小船井秀一
 
  
 前回、「新潟は『水都』と名乗るにはちょっと無理があるんじゃないの? 信濃川が流れていればいいってもんじゃないよ」てな内容の文を書いたわけだけど、そしたら早速、小川編集長から忠告があった。
「新潟が水都だっていうのは、ただ単に信濃川がまちなかを流れているからじゃなくて、新潟港とか、日本海とかの結びつきも含み、また鳥屋野潟など多くの水面空間を有することとも無縁ではない。きっと反論が来ることを覚悟して下さいね」。
 つまり、僕が「堀がなくなって、水の匂いのしない新潟のどこが『水都』なんだ」と言ったことが気になるというわけだ。そこで、僕はとりあえずこの異論に答えることにしました。
 実は、……忘れてたんですよ。鳥屋野潟だの何だのという条件を。まことに申しわけない……と答えてしまえばシャレにならないわけで。そうじゃなくて、僕が言いたかったことは、「水都」であるからには、多くの人々が集う場所とか、人々の生活に深い関わりを持つ場所に、豊かな水辺空間が存在すべきだということだったんです。
 確かに、「新潟市」の中には、鳥屋野潟もあれば佐潟もあれば信濃川もあれば新潟港もあれば阿賀野川もあれば日本海もあればドンチ池もあればじゅんさい池もあれば北山池もあるけど、だからといってそれが「水都」の証明であるとは言えないと思う。だいたい、郊外型の水辺が多すぎる。それはそれで極めて貴重な水辺空間だけど、そんな新潟のはずれの水辺の存在でもって「水都」を名乗ること自体、無理がある。鳥屋野潟にしろ、今でこそ周囲はかなり都市化が進んでいるとはいえ、まだまだこれからの場所だ。阿賀野川だってそうだ。肝心のまちなかに、そんな水辺は存在していないでしょう。多くの人が集うところに親水空間があってこそ、あるいは、人々の生活の場の端ばしに、潤いのある水辺があってこそ、水都と言えるのではないだろうか、と僕は思ったのですよ。となれば、今の新潟市は、お世辞にも「水都」であるとは言えないわけですよ。
 僕の考える「水都・新潟」は、とにかく古町や万代町といった都心に、人々が集まり、楽しいひとときを過ごすことのできる親水空間があることが必須の条件なんです。もちろん、前述したような川や湖沼が、その水辺に有機的に関わっていれば理想的。そういう水辺づくりを、今こそ始めるべきだ、と僕は考えたわけで。しかしそれは、昔の西堀や東堀、他門川をただ単に蘇らせろと言ってるわけじゃなくて、新潟っていう街を、これから将来にわたってどういう街にしたいのかっていうことを考える中で、改めてみんなで考えなければならないことだと思うのです。
 さて、そういった視点で、改めて新潟の街をチャリで歩いて見る。信濃川右岸を、万代橋の下をくぐって、佐渡汽船の方向へと向かう。
 万代橋の下あたりは道路の工事中。歩道を取りつける工事だ。ひっきりなしに通り過ぎるクルマを避けながら歩いていくと、そのうちに完成済みの歩道が現れるので、そこに上がって、さらに走る。信濃川の川面に視線をやれば、何隻、いや何十隻ものヨットが、帆柱を天に高く突き上げているのが目に入ってくる。緩やかな川の流れの中、ヨットたちは静かに揺れながらたたずんでいる。振り向けば、巨大な石造りの万代橋が、ゆったりしたアーチの支点を水中に沈ませながら、いつもと変わらぬ落ち着いたたたずまいを見せている。この日は夕方。夕日が橋の向こうのビルの群れの中に、最後のまぶしさを僕の目にふりまきながら沈んでいく。橋の欄干に重なり、そして静かに光を失って、華やかな黄昏を作り出す。
 さらにチャリを進める。まだ大きくはない柳の街路樹が、春のはじめの風に揺られている。風はまだ肌寒く、思わずジャンパーのファスナーを上げてしまう。右を見ると、後ろのほうには新潟フェイズがでんと構えている。さらに見渡すと、すこーんと空き地が広がっている。これからここに何が建つのかが、新潟の水辺を考える上で大きな問題になるのだと思う。
万代島の倉庫群。写真中央の倉庫でかって「24時間フォーラム」が開かれた
   

 さらに進むと今度はでかい倉庫の群れだ。もう6年も前になるが、この倉庫の一角を借りて、新潟仕掛け人会議が中心となって「万代島24時間フォーラム」ってイベントを仕掛けたことがあった。僕も裏方の一人をつとめさせてもらった。あの時も、多彩な人たちが、新潟の文化について熱っぽく語ったものだ。あの時から、今は何が変わったんだろう。何がよくなったのだろう。そう思うと、むなしい思いが一瞬胸をよぎったりもする。しかし、そんな一朝一夕でことが変化するわけでもない。粘り強く発言し、提言していくことが大切なのだろう、と思い直した。
 信濃川下流を走ってみて、僕はこんなことを思った。「とにかく、今の信濃川の川岸をすべてぶちこわして、ついでに川岸に立ち並ぶたくさんのビルや建物もぶちこわして、本当に市民が集い、水に親しむことのできる水辺を創造できたら、いいだろうなあ」と。実際、それだけで、新潟はどんなに素敵な「水都」になることだろう。まちなかの水辺づくりもおんなじだ。今ある多くの建物をとりあえず取っ払って、その上で改めて「水都・新潟」を再構築できなければ、すばらしい親水都市ができあがるはずなのですよ。もちろん、現実にはほとんど不可能なんだけど、未来に向けた、子孫に残したいまちづくりをしたいのならば、それくらいのことを考えてもいいんじゃないかと、思うんだけどなあ。

 

 
水紀行目次
制作・管理 反画工房