風だるま No. 12
にいがた水紀行・11

 
津南から、水を考える
小船井秀一
 
  
 四年間住んだ加茂から、このほど引っ越しました。加茂農林高校から転勤になったんです。いろいろおもしろいことがいっぱいあって、名残り惜しいんだけど、ま、それも仕方がない。新しい場所でまた、いろいろおもしろいことを探そうと思っています。今度の勤め先は、津南です。
 津南と言えば、もう長野県の県境の、山間の町です。僕が初めて新しい家を見に行ったときは、入り口のところだけ開けて、雪の壁が建物の回りをうずたかく取り巻いているといったありさま。その時はもう4月に入っていたんだけど。田畑には50センチくらいの残雪が残ってるし、町内の二つのスキー場はがんがん営業してるし、正直、おったまげてしまいましたよ。もちろん、5月に入った今では(この文はゴールデンウィークに書いています。締め切りを大幅に過ぎて)、ほとんど雪も溶けてるけどね。
 正直言って、もともと新潟市出身のうえ、前任地の加茂でも、前の職場の仙台でも、雪でひどい目に遭ったという経験なんかはほとんどないのです。実際、農林高校のS先生からは、「おまえはまだ雪の恐さを知らない。雪ってのは恐ろしいんだ。本当に積もる雪ってのは、音を吸い取るかのように静か〜に静か〜に降りしきり、いつのまにか何メートルにもなっているんだ。オレが山の分校に勤務していた頃のことだ。ある若い教師が、一人で教員住宅に住んでいたんだが、冬のその雪の寂しさに耐え切れず、あるときついに、首をくくって、死んじまったんだ。おまえも、そうならないように気をつけろよ〜」てな脅しとも励ましともつかない言葉をいただいちゃいましたよ。ともかく、やっぱり冬は不安かな、などとも思うわけで。
 ま、しかし、そんな先のことを今から思い悩んでいてもあんまりいいことはない。それに、加茂にはないいいところも、どうもたくさんあるみたいで、期待する点も多々あるのですよ。まだ異動のどさくさで慌ただしく、なかなか水を見て回ることもできないんだけど、余裕ができしだいこちらから新しい「水紀行」をお送りしようと思っているところです。あまり期待しないで、待っていてください。
 てなことを言いながら、この界隈にはさまざまな温泉が湧いていて、余裕がないなんぞと言いながら、僕も実は温泉三昧の生活を楽しんでいます。まずはクアハウス津南。ここは温泉プールやさまざまな風呂がついた温泉保養施設で、僕もさっそくここの会員となり、優雅な温泉生活をスタートさせました。
 また、車で20分も走れば、秘湯・松之山温泉に着く。温泉街に、銭湯形式の温泉があって、そこもよく利用しています。ここはひどく熱いのが特徴なんだけど、慣れるとそれがまたいい。いかにも体に効きそうな気がしてくるのですよ。内風呂のほか、露天の湯槽もあって、夜に星空を見上げながら温泉に浸かる気分ってのはもう最高。はっきり言って自分ちの風呂なんかまだ一回も沸かしていませんからね。あんな昔の棺桶みたいな風呂なんて、小っちゃくてとても入ってられませんよ。いや、正直な話、ひじだの肩だの手首だのの関節の具合が悪く、温泉に浸かればちょっとくらいはよくなるんじゃないかっていう期待もあるんだけどね。こちらにいる間は、温泉場ツアーを続けようと思っとりますです。もちろん、仕事もちょっとはじゃねえやちゃんとやりますよ。
 んで、温泉場に向かう途中の風景に、ちょっと感じたところがあったんで、今回はそのことについて書こうと思います。
 津南から松之山温泉へは、国道四○五号か353号を通っていくわけだけど、春先までは405号は雪で埋まっていて通れないので、もっぱら353号を走ることになる。距離的にはどうってこともないんだけど、はっきり言って急な上り下りと九十九折りを繰り返す、結構な峠道。でも、ドライブ好きの人にとっては、なかなか楽しい道でもある。車窓から眺める風景も、山々と田んぼが広がる典型的な農山村の風景で、僕のような田舎大好き人間にとっては、もう最高に楽しい道のりなのだ(そのうち脇見運転で事故って死ぬんじゃなかろうか)。
 で、特に僕が感銘を受けたのが、山の斜面の上から麓まで、幾何学模様を描いて幾重にも広がる段々田んぼというか千枚田。西の山に沈みかけた夕陽が、一日最後の輝きを、水を張って田植えを待つ田んぼに映す光景は、いつ見ても美しいと思う。日本に生まれてよかった、とさえ思える瞬間だ。
 だけど、何より僕がすごいと思ったのは、もともとはただの山林だったはずの山の斜面を、上から下まで見事な田んぼにつくりかえてしまった農民たちの執念だ。現在のような機械もろくにない時代、コメを作りたい、コメを食いたいという思いだけで、雑木林をあれだけの田んぼにしてしまうんだから。
 農業は、根源的な自然破壊だ、という人もいる。確かにその通りなのだろう。本来の自然の生態系をこわすという意味においては。でも、今のこの世の中、あらゆる場所が人工物で埋もれてしまっている。だから、そうした農地も、僕らにとってはやっぱり貴重な「自然」だ。しかも、そこは僕たちの生存のための生産機能を一手に引き受けている。その意味で、単なる自然以上の要素も持っているわけだ。
 そして、あの田んぼたちに湛えられていた、水。青い空を、白い雲を、赤い夕焼けを映す、あの水。見事な階段状に並んだ田んぼに、鏡のように広がる、あの水。あの田んぼは、山の中に大きく広がる、湖のようなものだとも思う。もし、あの田んぼがなかったら、あの水は、一気に麓まで流れ去ってしまうことだろう。山の田んぼは、下流の広い地域を守る、でっかいダムなんだと、この風景を見ていると実感できる。そして、その田んぼを守る人々。人間てのは、すごい生き物なんだなとも、思ったりする。同時に、そうした営みをまったく理解できず、目先の利益のために何もかも壊してしまう人間もいることが、恐ろしく思えてくる。
 僕はきっと、いいところに転勤できたのだろうと思う。この土地で、僕はいろいろなものを見ていこう。そして、水について、自然について、僕なりに勉強し、思いを深めていこうと、改めて思う。
 というわけで、読者の皆さん、今後ともこの水紀行を、よろしくお願いします。ちなみに、夏に向けて、この連載で、「泳げる川・池・湖」を探したいと思いますので、情報があれば僕に教えてください。よろしくね。

 

 
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