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にいがた水紀行・13
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龍が窪の水を飲む
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小船井秀一
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津南町の中心部を抜けて、中津川にかかる橋を渡る。渡り切ったところで、案内板に従い、左に曲がる。そこからは早くも山路になる。道幅は決して広くはないが、舗装はきちんとされているので、車も走りにくくはない。登りの九十九折りの道を、ひたすら走って行く。ふと気づいて窓の外を見ると、いきなり信濃川だの津南の民家だのが眼下はるかに見下ろせてしまうのにびっくりする。で、ようやく登りが終わったと思うと、そこからは突然平坦な田園が広がっているのだった。さっきまでの山路は何だったんだ? と一瞬思ってしまい、そして気づく。これが有名な、日本一の河岸段丘っていうやつか。広がる田んぼは、まだ七月の末だというのに、すでに青い穂を伸ばしかけている。昨年のど不作から一転、今年は豊作だぞ、と思う。 さて、それやこれやで、ともかく龍が窪の駐車場に着く。周囲は田んぼと、杉の林が広がっているだけだ。ここからでは、どこにその名水の池があるのかよく分からない。案内板があったので、それを見て歩みを進めることにする。その案内板のすぐ後ろから、龍が窪に続く遊歩道があったので、かばんに2リットルのペットボトルを2つ入れたのを持って、てくてくと歩いていった。 まず、遊歩道の傍らにある側溝を流れる水のきれいさに驚かされる。透明、というにはあまりにも透きとおった水が、さらさらと流れ過ぎてゆくのだ。いろんな水を見てきたつもりの僕も、さすがにちょっと驚かされる。期待感が高まり、少し足早になる。 やがて、龍が窪から流れ出る水の水路の所に行きあたる。そのすぐ先から、龍が窪が一周できる遊歩道が続く。 早速、左回りで歩いてみる(方角がよく分からなかったので、入ってきたところから「右」「左」という感覚でこれから書いてゆくことにする)。林の木々の透き間から、池の姿がのぞく。それを見ながら、今度は登山道同様の遊歩道を、ゆっくりと歩く。でっかいブナの木があって、そこを通り過ぎると、杉の林がしばらく続く。
んでもってまもなく、一つのほこらに行きつく。ここにはちょろちょろと水の流れ出している水場があって、一瞬、「ここでみんな『名水』といわれる水を汲んでいくのかな?」とも思ったが、「いや、けっこうな面積の池を作るくらいの湧水なんだから、こんなに水量が少ないわけはない、きっと別に水汲み場があるに違いない」と思い直して、さらに歩みを進めることにする。杉林の中の道を行き、階段になっているところを下りていくとすぐ、神社があった。よく分からないが、龍を祭っているのか、それとも水そのものを祭っているのか(この辺は取材者の怠慢)。この社のすぐ後ろに、龍が窪の水源が隣り合って2つあり、この水不足の折だというのに、なかなかの量の水を吹き出していた。 妙におかしいと思ったのが、社のとこの立て看板。いわく、「名水の中にお金を投げ入れないでください。お金は賽銭箱に入れてください」。 これ、おかしいでしょう。変な話、どうして日本人は、水の中に金を入れんのが好きなのかね。「トレビの泉」は確かイタリアだったと思ったけど、ともかく日本人は、水と見ると小銭を入れたがる。何でこんなとこに? と思っちゃうとこにも結構ありますよ。僕の知ってるとこにもいろいろあったけど、例えば新潟駅南口広場の噴水ん所。以前はよく待ち合わせの場所に使ったりしたけど、これができたばかりのころは、5円だの10円だの1円だのがやたら投げ込まれていたもんだ(100円だの500円だのは、さすがにほとんどない。投げ込むほうも心得たもんである)。当時貧乏学生だった僕は、「夜中にこっそりやってきて、あの金を全部かっぱらってやろうかいな」なんぞと思ったりしたもんである。あと、プラーカのエスカレーターの所の流水。何であんなところに金をぶちゃるのかね?と不思議に思ったこともあった。今はもうないと思うが。ちなみに、龍が窪の水底には、小銭は見当たりませんでした。当たり前だ(しかし、そんな看板があるってことは、以前にはそんな馬鹿もいたってことだ)。 気を取り直して、先に進む。池の左側はほとんど杉林だったが、ここまで来ると、落葉広葉樹の姿が目立ってくる。ブナが多いが、カエデなどもちらほら見える。一部林を切り開いて、湖面がよく見通せるようにしているところがあったので、そこから眺めることにする。 すごい池だった。 とにかく、こんな澄んだ湖は、日本中どこを探してもないんじゃないかと思うくらいだった。広さは、新潟市のじゅんさい池くらい。そこに、「ガラスのように」なんて言葉では言い表せないくらい透明な水が、「鏡のように」広がっていた。鮮やかなグリーンに見えるのは、底に緑の藻が映えているせいで、水自身はただひたすら透きとおりまくっているのだ。 これだけの湖を、美しいまま保つのは、大変だろうと思う。管理にも気を使うことだろう。その点、水際には近づけないようになっている、必要最小限の遊歩道は、よくできていると思う。周囲の木をむだに切り倒している様子がないのもよい。出来るだけこのまま、将来にわたって残しておいてほしい湖だ。
驚いたのは、もとの場所に戻ってから。結局、どこにも水場がないので、管理小屋のおじさんに聞いたら、なんと、初めに見た水路で、みんな水を汲んでいくのだそうだ。言い替えれば、池の排水路の水を、みんなが汲んで飲んでいるというわけだ。そこで僕も、すくって飲んでみた。これがまた冷たい。とても池の水とは思えない。しかもさわやかでうまい。変な癖もない。いい水でした。2リットルのペットボトル2本いっぱいに水を詰めたのは言うまでもないのでした(ここに来る人の中には、立入禁止の水源から水を汲んでるのもいるみたいだが、そんな必要はないよ。汚れる要因がないんだから、水路んとこで十分)。余談で、気づいたことを一つ。ブナだのの広葉樹が生えてるところからは、セミや野鳥の声がよく聞こえていたけど、杉林からはさっぱり聞こえてこなかった。さて、なぜでしょう。
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