風だるま No. 19
にいがた水紀行・17

 
村の小川とカジカで考えた
小船井秀一
 
  
 窓の外は、雪が降っている。音もなく、静かに降りしきる。暖冬の予報は、たぶん当たっているのだろう。12月の終わりにしては、津南の雪は少ないという。しかし、それでも、新潟市育ちの僕にとっては、十分すぎる大雪だ。この文章は、1994年の大みそかに書いている。今降っている雪は、明日になればものすごい積雪となっていることは間違いないだろう。あ、もう新年になっちまった。困った困った。ま、困ってばっかりじゃ文が先に進まないので。今回は、新潟の水辺を考える会が11月に行なった「水辺ウォッチング」の話をしようと思います。

 今回の水辺ウォッチングは、岩船・朝日村の猿沢集落の中を流れる前ノ川と、関川村の荒川のほとりのカジカ養殖場の見学だった。
集落の家並沿いを流れる前ノ川(岩船・朝日村)
   

 前ノ川は、集落の家並沿いに流れている小さな川。はっきり言ってしまえば、どこにでもあるような川だ、ふた昔前は。昔風の家が立ち並ぶその脇に、ちょろちょろときれいな水を流しているその風情に、僕はなんだか懐かしさを感じてしまった。見慣れている、しかし、今ではどこからも姿を消してしまった水の光景をこの川に見つけた気がしたんだね、これが。今のまちづくりの常識から言えば、こんな小川なんか、よくてコンクリート三面張り、へたすりゃ暗渠になったり埋め立てられてしまうのがオチだろう。それが、実に自然に近い形で残っているんだな、この川は。この日参加していた水辺の会会員の石月さんが水底からカワニナを発見して、「ホタルもいるね、ここには」とおっしゃっていたのが、この川の水のよさを端的に物語っていた。 
 実はこの川、改修の話が出てきているんだそうで、水辺の会会員で朝日村役場職員の高橋博愛さんが、会のほうに「なんとかならないか」と相談をもちかけたのね。水辺の会でも、今の良好な水環境を残すべく、積極的に関わり、提言していくつもりなのだそうだ。同会会長の大熊孝・新大教授の力が大きいとはいえ、市民運動の提言を、役所が取り入れる時代になってきたということなら、まだまだこの世の中、あきらめたもんじゃないな、とも思うわけで。でも、考えてみりゃ、ざいごにこういう川があってもあたりまえなんで(最近はそうでもなくなっているらしいが)、本当は都会にこそこういう水辺が必要だと思うんだけどな。これからのまちづくりは、美しい水と水辺をいかに作り出し、取り入れていくかを考えることこそが必要だと、素人なりに思ったりもしているのですよ。

見学する新潟の水辺を考える会のめんめん   関川村のカジカ養殖場

 さて、次は、カジカ養殖場。関川村が建設した施設を、「望屋養魚」の松田繁雄さんたちが丸々借り上げて、たくさんのカジカを養殖して出荷している。中を見せてもらったが、広い施設の中いっぱいに、底の深いたらいのような水槽が並び、そこにまあ数え切れないほどのカジカがわにゃわにゃとうごめいているのだ。カジカはなかなか人相が悪く? 丈夫そうに見えるんだけど、実はけっこう繊細な魚で、水温が上がりすぎたり水が汚れていたりすると、すぐ死んでしまうのだそうだ。この夏の猛暑の時は大変だったらしい。そんな苦労話をお聞きしつつ、僕はちゃーんとここで売られていたカジカ酒セットを買ってしまった。帰ってからさっそく行きつけの飲み屋に持っていって作ってもらいましたよ、カジカ酒。うまかったなあ。
 しかしまあ、カジカなんてもともとどこの川にもいたありふれた魚だったわけで。それが養殖しなければならないほどの状況になってしまったってのは、やっぱりわれわれ人間の責任に決まっているんだよねえ。そういえば、清流が売り物の荒川にしたって、今回見た限りじゃあんまりきれいとは思えなかったもんなあ。荒川ってのは川泳ぎのポイントがあるんで、実はこの夏、泳ぎに来てみたんですよ。そしたら、渇水の影響なんだかどうだか、ひどい濁りようで、こりゃダメだ、とあきらめて帰ったっていうわけなんだけどね。話によると、川の途中にいくつもダムが作られているのも水質を悪化させる原因だそうで、それでもともといたカジカやほかの魚たちも姿を消してしまったらしいのよ。
 あたりまえであったはずのものが、あたりまえでなくなっていく。ありふれたものが、珍しいものになってしまう。おかしなことだと思う。集落を流れる小川だって、川面に跳ねるカジカだってもともとはどこにでもあったし、どこにでもいたはずだ。それをすっかりなくしてしまってから、あとになって「やっぱりないと寂しい」なんぞと言われてもしょうがないのよ。なくなって困るんなら、初めからなくならない算段でものごとを進めていかなきゃダメなのよ。
 あとのことをなんにも考えず、自分の目先の経済的利益だけを追い求めているのが今の社会だと思うけど、そんなことばっかりやってたら、ほかの生き物と一緒に人間も近い将来減んじゃうよ。今の資本家や官僚のやってることはまさにこれじゃん。ひょっとしたら、「オレがくたばった後のことなんかどうでもいいや。子孫のことまでかまっていられねえよ」と思っているのかも知れないけどね。でも、そういう人は、すでに「生き物」ではなくなっていると思う。子孫を残したくないやつらが、生物のはずないじゃないか。
 少なくとも僕は、「生き物」でいたいんだけどね。

 

 
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