気候がよくなってくると、新潟市本所の阿賀野川河川敷公園で、アウトドア宴会なんかをよくやったもんです。ここの公園の一角には、いくつものかまどをしつらえた場所があって、そこでは、休日ともなると、焼肉やバーベキュー、芋煮などを楽しむ人たちでいっぱいになってしまう。以前はまだそれほどでもなかったんだけれど、アウトドアの遊びがブームになったここ数年はそりゃもう大人気。かまどなんか、休日に使うためには、前の日やあるいは前々日あたりから確保しておかないと使うことができないくらいなんだからすごいもんで。
この公園だって、別に特別すてきだってわけじゃないけど、僕はけっこう好きだったりする。解放感があるんだな。阿賀野川の川面を渡って吹いてくる風のさわやかさ。遠くに頂を連ねる五頭、飯豊、二王子、菅名の山々の美しさ。グラウンドで野球に興じる人たちの歓声や球音。チャリンコで駆け回る子供たちのはしゃぐ声。小さな子供を遊ばせる若い夫婦の仲のよい様子。みんな、ぜいたくではないけれど、ささやかな幸せって言うかなんと言うか、とにかくそんなものを感じるんですよ。
だったら、信濃川のやすらぎ堤だって似たようなもんじゃないか、って言う声も聞こえてきそうだけれど、少なくとも僕は、あそこには阿賀野川河川敷公園ほどの魅力は感じないのね。そりゃそうだ。だって狭いし何にもないし眺めもよくないし。言いすぎになるかも知れないんだけど、何か表向きの形だけを整えて、中身のないむなしさを感じてしまうんですよ。
でも、結局、阿賀野川河川敷公園が魅力的なのは、阿賀野川に魅力があるからだということなのだと思う。実際、前に言ったとおり、この公園自体はそんな大したことないんだもん。あの、広々として、(少なくとも信濃川下流よりはずっと)自然にあふれた阿賀野川があるからこそ、よくなってみえるのだろう。
公園のはしから岸辺まで行ってみる。みんなもそこから阿賀野川の水を見てみるといい。思いのほかきれいに澄んだ水が流れているのを見ることができるはずだ。そう、あれほどの大河であるにもかかわらず、阿賀野川の水は最下流の地点まで、それなりにきれいな水を保っているのだ(実際のところ、阿賀野川にはものすごくたくさんのダムが作られている。水は流れが滞ると浄化作用が失われるので、水質はダムでせき止められるたびに悪くなるという話だ。しかし、そんなことを差し引いても、やっぱり阿賀野川はきれいだと思いたい)。
河川敷公園で不満なのは、川辺に近づいて水遊びができる場所があんまりないということ。それこそ、例えば岸辺に遠浅の渚をしつらえて、子供たちが安全に水遊びできる場所を作るとか、あるいは、釣りを楽しみたい人のために釣り桟橋を作るとか(もちろん木材で)、そんなことをしてもバチは当たらないんじゃないかと思うわけで。
さらに、これは以前やすらぎ堤について書いたときにも言ったんだけど、もっと公園内にいっぱい木を植えたらいいと思うんですよ。そりゃ確かに芝生の公園てのも、見た目が美しいし、凧揚げだのボール遊びだのしやすいからいいかもしんないけど、そればっかじゃなくて、季節ごとに美しい風景をかもし出す、落葉広葉樹の林をしつらえたら、すばらしい公園になると思うんだけどねえ。東京・世田谷の砧公園なんかは、芝生の広場と森がうまいこと組み合わされていて、いかにも気持ちのいい公園ですよ。あんなふうな公園づくりを、この阿賀野川河川敷公園でもできないもんかねえ(もちろん、新潟と東京では、もともとの環境が違うから、同条件での比較をいきなりしてしまうと、また問題が発生するんだけどね)。
それにしても、新潟っていう街は、けっこうふところの深い街なんじゃないかと、ときどき思う。中心街から車で十五分も行けば、もうこんなに気持ちのいい郊外に着いてしまう。一人当たりの公園面積は確かに全国でも最下位クラスだけれど、ちょっと足を伸ばせば、緑の田園風景や青い日本海、悠然と流れる大河の姿を味わうことができるんだから。「観光地として見た場合はほんとみどころがなんにもない、つまんない街だけれど、そこで生活する人々にとっては、実は相当住みやすい街なんじゃないか」と、映画監督をしている友人が以前言っていたけれど、それはけっこう当たっていると思う。あとは、行政や市民自身が、この恵まれた生活都市である新潟を、どのように未来につなげていくかが問われていくのだろう。
……しかし、こんなに美しく見える阿賀野川が、かつて有機水銀で汚染され、多くの水俣病患者を出してしまったのだと思うと、やりきれない思いがする。ほんと、自然を守り育てるのは難しいけど、自然を壊すのは実に簡単なことなんだと、空の色を映して青く流れる川面を見ながら、しみじみ思うんです。