風だるま No. 41
新・にいがた水紀行・1

 
佐潟を歩いて一周してみた(1)
小船井秀一
 
  
 三月二十八日は、よく晴れた暖かい日だった。少し風があったが、それでもうららかな日差しは、これから佐潟を回ろうとする僕たちにとって、なんとも気持ちの良いものだった。
 久々の水辺歩きだ。
 考えてみれば、やたら長かった入院生活だった。うんざりするほど病院にいる羽目になってしまった。都合三回手術した。結局トータルでちょうど九ヵ月入院していたことになる。ドクターの腕前は確かだったし、看護婦さん達はみんなきれいで親切だった。しかしさすがに飽きてしまった。
 だから今、シャバが楽しくてしょうがない。好きなときに遊びに出られる。酒もいっぱい飲める。まだ右肩はリハビリ中であんまりよく動かせないが、それでもやっぱりシャバはいいのだ。
 というわけで、読者の皆さま、お久しぶりでございます。今回から再び、「新・にいがた水紀行」で皆さまにお目にかかることとなりました。例によって例のごとく、ふざけた文章で皆さまのお目を汚すことと思いますが、どうか寛大な心で見守ってやってください。
 
ようやく古びた感じが出てきた「佐潟橋」(撮影=村井勇) 潟畔の畑の向こうには巨大なゴルフ練習場が(撮影=村井勇)

 さて、場面を佐潟に戻して。
 今回の水辺歩きには、僕のほかに二人の人物も同行してくれた。本誌「新潟に住む心地」や新潟日報等でおなじみの美術評論家・大倉宏さんと、映画「阿賀に生きる」でスチールカメラを担当した写真家・村井勇さんだ。このように、メンバーを見ると何やらすごそうだが、実際のところは、天気のいい春の一日を、佐潟の野鳥なんぞを眺めながら、のんびりと散歩でもしてすごそうじゃないの、てな感じなのだった。
 この日は、駐車場などが整備されている佐潟東岸からスタートし、南の岸沿いの道を西に向かって進み、上佐潟をぐるっとまいて北の岸辺を東に進む、というコースを選んだ。
 しかし、駐車場の整備の仕方がいかにもお役所風で気に入らない。何しろえらい直線で区切られていて、佐潟の自然とはひどく懸け離れた感じがする。その点を大倉さんにうかがうと、「自然には直線というのは全く含まれていませんから、違和感を感じるんでしょう」とおっしゃっていたが、なるほど、と思う。舗装の仕方もどっかの都市公園の駐車場風で、柵も木を模したコンクリートと、殺風景この上ない。ま、せっかくラムサール条約の指定地になったのだから、おおぜい観光客を呼びたい。だから車をいっぱい止められるよう、駐車場もきちんと整備しなくちゃ、という気持ちはよくわかるんだけどね。しかしこれじゃ、ラムサール条約が泣くって感じもするんだよなあ。じゃあどうすればいいんだ、と言われれば、こっちも対案なんかないんだけど。
 ともかく歩き始めると、初手から、「佐潟橋」なる、木でこしらえられた橋を渡ることとなる。この橋ができた当初は、なんか生木の色がなまなましくて、周りの風景から浮き上がっていたように感じたんだけど、今はすっかり枯れた灰色に変わっていて、それなりになじんできたみたいだ。でも、やっぱり不自然な感じはぬぐえない気がする。いかにも観光地然とした「たいこ橋」という形状のせいだろうか。
 南西の方角には、厚生年金スポーツセンターと、ゴルフ練習場の緑の巨大な網が見える。大倉さんが言う。「厚生年金スポーツセンターは、表面がのっぺりしていて美しくない。しかし、より問題なのはゴルフ練習場の方ですね」。確かに、周囲の風景と全く無関係な、唐突で威圧的なゴルフ練習場は、言いようのない違和感を僕らに与えている。少なくとも、美しい風景だとは、とても言えない。

 
遊歩道脇に忽然と立つ「市民憲章」(撮影=村井勇) 唐突にできあがっていた木道(撮影=村井勇)

 北の方に目を転じると、白鳥観察で有名な赤塚中学校と、佐潟荘(病院)の白い建物が見える。「あれはよくないですね」と大倉さん。「あれが見えるために、せっかくの水辺の風景がぶち壊しになってしまっている」。昭和三十年代あたりに建てられた校舎のほとんどは、どれも同じような規格で建てられていて、あの手の構造ばかりになっているんだそうで、どうもこうもない。生徒や職員のせいというわけではないし、佐潟観察に積極的に取り組んでいる学校だけに、何だか気の毒というか、複雑な気分だ。ちなみに、最近では、「学校にも個性を!」ということだろうか、木造校舎や、独創的な構造の校舎も増えてきているそうだ。
 歩道を少し歩くと、看板があった。「わたしたちのめざす新潟」という標題の看板だ。「市民憲章」なのだという。何やら妙な文体の宣言文みたいなものがいくつか書かれていた。村井カメラマンも、大倉さんも、口をそろえて「こんなもの、誰も読まない。なくてもいいんじゃないの?」と言っていた。全く同感だ。はっきり言って、こんなもん水辺の美観を損ねるだけだと思うけど。せっかく佐潟の自然や風景を楽しみに来た人たちに無理やりそんなもん見せたって意味ないでしょう。行政の自己満足を見せつけられるほうはたまったもんじゃない。
 ともあれ、気を取り直して歩道を進んでゆく。何しろいい天気だ。せっかくの散歩日和、楽しまなくっちゃね、というわけだ。しかしまあ気の毒なことに、大倉さんも村井カメラマンも、花粉症にやられていて、なまじ天気がいいもんだから、マスクと眼鏡は放せません状態なのがなんとも痛々しいのであった。僕はまだ大丈夫なんだけど、誰もがかかる病気なんだそうで、いつ発症するのであろうか、と、二人を見ていると何となく不安になるのよね。
 さて、右手に水面を見ながら進んで行く。道はきれいに舗装されている。サイクリングの便宜を図っているのだろうか。僕は自転車乗りなのでまあありがたいんだけど、歩くとなると路盤が固すぎてちょっとつらい。もちろんトシのせいもあるし運動不足もそのとおりなんだけど、ちょっと関節の調子も悪いもんだから、たいへんなのよ。お役所の方も、ぬかるんだ道を観光客に歩かせては、と思ってやってるんだろうから、何とも言えませんけどね。
 水は茶色に濁っている。もともと水生植物が多いので、刈れた草などが原因で濁りやすい環境なのだろうし、周囲はいわゆる砂丘園芸地帯だから、畑で使われる肥料の成分なんかが水源のわき水に混ざっているということもあるのかもしれない。しかし鳥屋野潟の生活雑排水で汚染されきった感じともまた違う。うまくは言えないが、「まだ、生きている」という感じだろうか。
 まだ歩き始めのこのあたりの岸辺は、現在「工事中」だ。こざっぱりと見晴らしがよくなったかわりに、この間まで茂っていたはずのアシ原はきれいさっぱりなくなってしまっている。確かに、野鳥を「見せる」ことも大事だし、しょうがないといえばしょうがないんだけど、野鳥が営巣したり隠れたりできる場所をやみくもになくしちゃうやり方は、あんまりとってほしくないなあ。
 釣り人の後ろを抜けて進んで行くと、物置か何かに使われているらしいプレハブ小屋の前の岸辺から、唐突に木道が潟の沖へと伸びていた。木道はまっすぐに伸びたかと思うと、いきなり直角に左に曲がり、岸へと戻っている。
 僕ら三人は、ここで顔を見合わせ、同じような不思議な表情になった。「こんなもん、いつの間にできちゃったんですかねえ」。とりあえず、渡ってみようということになり、三人ゆっくりと歩きだす。
 どうも、できたのはごく最近のことらしい。木の色が全く枯れていなくて、赤っぽいもともとの色をむき出しにしている。「これは、ラワン材のようですね」と大倉さんが言う。物知らずの僕でもわかった。「どういうつもりでこんなもんつくっちゃったんでしょうね」。思わず僕がつぶやく。せっかくの佐潟の自然が、こんな見当違いの「公園化」でおかしくなってしまうのは、あまりにももったいない。三人とも、そんな思いを抱きながら、この木道を渡ったのだった。   (この頁次回に続く)

 

 
 
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