風だるま No. 42
新・にいがた水紀行・2

 
佐潟を歩いて一周してみた(続き)
小船井秀一
 
  
 前回書き落としたことで、印象に残った大倉さんの言葉を一つ。「なんでみんなソメイヨシノなんですかねえ」。遊歩道に沿って植えられている並木のことだ。言われてみればその通りで、特に佐潟に限らず、公園の並木といえば桜、それもソメイヨシノを植えているところが多いようだ。確かに、日本人は全般的に桜が好きで、花見は春の国民的行事となっているわけなんだけど、どこもかしこもっていうのはちょっといただけないかもしれない。どうせならその土地柄にあった木を植えたほうがいいに決まってるし、それにソメイヨシノってのは確かにきれいなんだけど、どこか人工的で「自然」を感じさせない木なんだよね。ちなみに、僕なんかの考えでは、佐潟に関しては、「並木」を作るより、佐潟の本来の環境に合ったいろんな樹木でもって「水辺林」を作り、子供たちが木登りしたり虫取りしたり木の実を採ったりできるような環境作りをしたほうがいいと思うんだけど
 さて、例のヘンテコな木道を渡り切って、遠く向こう岸を眺めてみる。妙な「公園整備」が進みつつある南岸とは違って、なかなかすてきな眺めだ。ゆるやかにうねる砂丘の上を、畑が幾何学模様を描きながら広がっている。その上を青空。ひろびろとした、全くもって美しい風景だ。「もう少し木があったほうがいいが、きれいですね」と大倉さん。なんというか、北海道の富良野みたいな、と言えばかなりウソくさいんだけど、でも、実際に見てみればわかってもらえると思うけど、マジでそんな感じもするのよ。繰り返しになっちゃうけど、新潟において、平野の田んぼ以外でこれだけ「ひろがり」を感じさせてくれる風景は、そうないと思うな。
 水面に視線を移す。冬はとうに終わってしまって、白鳥はもう全くいないんだけど、まだカモはいっぱいいる(もちろん種類まではわからない)。さすがにラムサール条約の指定地だけのことはある。比較してはなんだが、あの瓢湖にいる鳥たちはすっかり餌付けされちゃって、まるで家畜同然なのよね。それに比べりゃ、佐潟の野鳥たちはまだしも「野生」を保っているのがわかる。だからこそ、その野生を損なうようなことを、やってほしくはないのですよ。
 しばらく進むと、高床の建物が岸辺に現れた。「国設佐潟鳥獣保護区観察舎」(写真1)。1985年11月21日に竣工したんだそうで、できてから11年以上経っている。山小屋調の焦げ茶色の木造の建物は、できた当初は知らないが、いまはすっかり古びて、それなりに佐潟の風景に溶け込んでいるようだ。が、ふだんはここは鍵がかかっていて入れない。おそらく、冬の渡り鳥シーズンには開けているのだろうけど、この日は三月の終わりの日曜日。ラムサール条約の指定地になったばかりでもあり、僕らのほかにも野鳥観察に来ている人もいるわけで、全く利用できない状態にしておくのは、いかがなもんかね。
 さらに歩いていったところで、歩道に白鳥の死骸の一部が転がっているのを発見。羽根の一部と頭の骨のようだ。どうも動物にやられたらしい。いかに保護鳥とはいえ、ほかの動物たちにとっては関係ないわけで、スキがあれば食われてしまうのが弱肉強食の世界の掟。世の無常を感じながら三人は歩いてゆく。歩道の左手は土手になっていて、試しにのぼってみるとその上は畑になっていた。
 潟畔に杉の並木が現れてきたな、と思うと、道の舗装が途切れて、昔ながらの農道に変わった。わだちの間に草が生えているところはなかなかよい。だいぶ潟の西の方に来たんだな、ということがわかる。まだこの辺までは公園整備工事は進んでいないようだ。先のことはわからないが。
 ここまで来ると、潟はほとんど人の手が入っていないようで、アシと柳の広いヤブになっている(写真2)。これがなかなかいいのだ。試しにその中に入り込んでみたんだけど、ひたすら湿地で、深いアシのヤブで視界をさえぎられて、なかなか水面が見えてこない。ジャージが泥だらけになるばかりだったので、さっさと引き上げる。しかしまあ、野鳥たちにとっては絶好の生息場所だろうね。もちろん、その他の動物や虫、植物にとっても。
 さて、道の端は杉のヤブ、左手は土手のヤブというわけで、あるかなあるかな、と思っていたら、やっぱりありましたよ、粗大ゴミの不法投棄が。杉林の中に、ついにテレビを発見!(写真3) さらに、その先には大量の農業廃資材も。農業資材の方は農家の言い分もあるんだろうが、テレビはねえ。村井カメラマンは、日ごろの貧乏性を遺憾なく発揮して(別に実態が貧乏人というわけではない。ま、性格です、性格)そいつが使えるかどうか確認しようとしていた(使えなくなったんで捨てたんだと思うんだけど)。それはともかく、他人が見てなきゃ何してもいいや、と言わんばかりのこういう不法なやり口は、どうにも好きになれんなあ。なんか、そういうことをしちゃう人の下劣な心の中身まで見えてくるような気がしてね。たぶん、会ってみれば普通の人だとは思うんだけど、でも、この潟の自然を守りたい、っていうんならまず、こうしたところから改めなくちゃいけないのよね。 (この項まだ続く) (撮影=村井勇)

 

 
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