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新・にいがた水紀行・3
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佐潟を歩いて一周してみた(承前)
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小船井秀一
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先日(九月六日)、新潟の水辺を考える会主催の、「佐潟ハス刈り大会」が催されたので、僕も行ってみた。持病のせいで力仕事はできないので、離れたところから見物するだけだったんだけど、それなりにおもしろかった。あのC・W・ニコルさんも参加していて、なかなか活気のあるイベントだった。参加者は百人近くいたんじゃないかと思う。水環境の問題を、自分のこととして真剣に考える人たちが多くなったということなのだろう。大変結構なことだと素直に思う。 このときの潟の様子は、僕と大倉さん、村井カメラマンが歩いた三月末とはえらく様変わりしていた。公園化がされていない潟の南西部のほとりは、もううっそうとアシが茂っていて、大ヤブ状態。で、水面の方はどうかというと、これはもうほぼ全体を、ハスの葉がおおい尽くしているのだった。その葉の間からは、でっかくてピンク色できれいな花があちこちに顔を出していて、冬場の野鳥に代わって佐潟の「名物」となっていた。 ハス刈りの参加者は、そのアシのヤブをかき分けて、ハスのところまでたどり着くと、その根を掘るわけなんだけど、それがもう大変。泥のぬかるみをこざいていくと、もうハンパでない泥沼で、岸辺に戻ってくる人という人は、ほぼ全員全身泥美容状態。でも、そんな目に合っても、みんなとても楽しそうで、高みの見物の僕は何となくうらやましくも思った。来年は、僕も入ってみようかな、などと考えたりもした。力仕事はできないけど。 潟の南東部は、以前から進められてきた「公園工事」が進んでいた。例の木道のところは、岸を埋め立てたり仕切ったりして、何かやっていた。「植物園」を作るのだという。「植物園」なら、この佐潟全体が植物園みたいなもんなのにな、などと思ってしまう。なんか違うんだよな、とつぶやきながら、改めてハスの花が咲き競う水面を眺めた。 さて、時間を三月末に戻して。 かなり西の方まで来たようだ。枯れたアシヤブにさえぎられて、ずっと見えなかった水面がこの辺からようやく見えてきた。地図で現在地を判断する。あの水面はどうやら上佐潟らしい、という結論に達する。アシ原の中に一筋、ぽっかりと道が開いていた。村井カメラマンは再び、職業意識も旺盛に、その泥道を進んで行く。ところが、泥こざき用のスタイルをしていたわけじゃないんで、途中あんまり泥が深すぎて、断念。だから、水際の写真はないの。あしからず。 潟の西の端を巻いて進んでいったところで、倒れ傾いたキリの木があった。それを横目に進んで、いよいよ今度は潟の北岸を歩いて行く。 三人で、雑談をしながらちんたらと進む。大倉さんは、新潟県の浄土真宗の話などを、じつにおもしろく話してくれる。まったくのどかな珍道中だ。 うねる砂丘の畑は、整然と広がっていて美しい。が、対岸からはなかなかよさそうに見えた松の林が、近くで見てみるとみんな枯れていて何だか不気味だ。最近はどこの松林も、一様に枯れ衰えた姿をさらしている。原因は松くい虫による食害だというんだが、割と一所懸命防除なんかもしているわけで、ほかにもっと根本的な理由があるんじゃないかとも思ってしまう。たとえば、酸性雨の影響だとか。こちら側から南岸を眺めると、あっちの松の方が元気いいかな、とも見える。 堆肥のにおいが漂ってきた。春の農作業に備えて、農家の人たちが畑にまいた堆肥だ。そのにおいも不愉快ではない。畑は潟の水際まで広がっていて、水面は南岸よりよく見える。船着き場らしき台がさびれた様子で突き出ている。 だいぶ歩いておなかも空いたので、昼食をとることにする。椅子代わりになる松の切り株を見つけ、そこにめいめい腰を下ろしてくつろぐ。お昼ごはんは、かいしょなしの独り者の僕と村井氏が用意してくるわけもなく、もちろん大倉さんが持ってきてくれたもの。オニギリもお茶もうまい。しばし、ぼーっとしながらひとときを過ごした。歩き疲れた体に、まだ少し冷たい春の風が心地よい。空が青い。鳥の鳴き声が聞こえる。 しばらくくつろいでから、またゆるゆると歩き出す。 ちょうど春の農作業の準備の真っ最中で、岸辺の畑では、トラクターにアタッチメントを付けたやつが、見事に畑の畝にビニールシートを張っていた。最近は何でもかんでも便利になったもんだなあと、感心しながら歩みを進める。畑の脇を通って岸辺に近づいてみる。吹きすぎる風がさざ波をつくって、水面が静かに揺れている。見上げれば、幾筋もの飛行機雲が空を横切っている。最後まで残っていた水鳥たちが、僕らの気配を感じたためか、一斉に飛び立っていく。その都度、村井カメラマンは「しまった」という顔になった。 潟の周囲の道は、いわゆる観察のための遊歩道ということになっている。いま僕らが歩いている北岸の道は、舗装された農道だ。歩いて楽しいのは、南側よりもこっちの方だと僕は思う。砂丘農地の広がりと潟の水面を両方楽しめるわけだから。 やがて道は二股に別れて、左を選ぶと、佐潟の北に細長く横たわる小さな別の潟が見えた。御手洗潟だ。 御手洗潟は周囲をすべてアシでふち取られ、南側の岸辺は畑になっている。水の色はやや緑色がかっている。周囲は畑以外に人工的なものはなく、のどかさは佐潟以上だ。水鳥もこちらにはまだけっこういて、なかなかよろしいのであった。 ようやく佐潟一周の旅も終わりを迎えようとしている。また道を佐潟の方に戻して歩いて行く。東側の湖面では、しゅんせつの真っ最中だった(写真)。しゅんせつの機械がくみ上げた泥を、赤塚中学校前の水辺に流し込んでいる。公園造成のための埋め立てに泥を使うらしい。潟の東岸は、すっかり人工的な「公園」モードに入ってしまっていた。出発地点の駐車場に到着したのは、歩きだしてからちょうど四時間経ったとき。僕らの「旅」は、こうして終わった。 佐潟はおそらく、ずーっと長い間、人間との付き合いの中で存在し続けてきた湖なのだと思う。農業や漁業、狩猟などを通して。それでお互い助け合って「生きて」きたのではないか。そんな仲のいい付き合いを、これからも続けるためにはどうしたらいいのか。少なくとも僕は、単純で画一的な「公園化」では、その答えにはならないと思う。潟を一周して、その風景の様子、あり方を見て、僕はそんなふうに思った。で、初めに書いた「ハス刈り大会」は、その答えの一つとして見てもいいんじゃないかな、などと考えてもいるのです。 (この項終わり)
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