風だるま No. 44
新・にいがた水紀行・4

 
清潟公園を歩く
小船井秀一
 
  
 子供のころは、地図を眺めるのが好きだった。少ない小遣いをやりくりして、国土地理院の五万分の一や二万五千分の一の地図を買っては、一日中部屋で眺めていたりしたもんだった。自転車を買ってもらい、行動範囲が広がってからは、地図をもって遠くに(といってもあくまで子供の感覚の上でのことだが)走っていくのが休みの日の楽しみだった。
 ある日、いつものように、北蒲原の方の地図を眺めていたら、加治川の左岸近くに、ぽつんとまあるく、湖があることに気づいた。祖母や父親の故郷の紫雲寺町にあることもあり、いつか行ってみようと思っていた。で、ある夏休みの一日、例によって新潟から自転車で地図を見ながら走って、その湖を見に行ったのだった。
 きれいに整備された公園入口付近

 それは、林とヤブと畑と田んぼに囲まれた、本当にまんまるい湖だった。歩くのさえ苦労するほどの「けもの道」のような細い道をたどってやっとたどりつけるような、全く「手つかず」の湖。どっかみたいに遊歩道が整備されているなんてことは全くなくて、湖畔一周なんてハナからあきらめなけりゃならないくらいのところだった。釣り人はたまに来るらしくて、缶ジュースの空き缶やビニール袋なんかは少し水辺に置き去りにされていたが、それでも、地元の人以外は誰も知らないような、そんな感じ。水は、すごく澄んでいた(ように思う。何せ昔の記憶だから)。
 その時の僕は、なんというか、ほかの人は誰も知らない、自分だけが知っている秘密の宝物を見つけたような気分になっていたんだと思う。いつまでもこのまま、変わらずにいてくれたらいいなあ、などということを、その時からなんとなく心の中に持ち続けてきたような気もする。
 その清潟が、公園になった。清潟とその周辺の豊かな自然を生かした、共生型の公園になったのだという。この八月の終わりに完成して、同時に「全国トンボサミット」の会場にもなった。清潟がどんなふうに変わってしまったのか見てみたくて、例によって歩いてみた。

おだやかに広がる清潟の水面 東側の「砂浜」にゆるやかに寄せる潟の水

 公園の入り口には、きれいに整備された駐車場が用意されている。台数はけっこう入りそうだ。階段を降りると、かつて見た湖が広がっていた……と言いたいところだが、正直、なんとまあ、こんなふうに広がっている湖だったのか、と思って、ちょっとびっくり。すっかり見通しがよくなっちゃってるのね。昔の、あの大ヤブに囲まれた、平場なんだけど「深山幽谷」の趣のあった様子とは、もう全然違うわけで。
 公園に入るとすぐ、案内板があって、それには公園を散策するにあたってのいろいろな注意が書いてあるんだけど、あーあ、と思わせられるのが、例の、「ブラックバスを放さないでください」てやつ。どうしたわけか今は釣りブーム、それも「スポーツフィッシング」ブームなんだそうで、ふだんは自然の中で釣りなんかしそうにもないような若造、いや、若者が、喜々として釣り糸をたれている姿をよく見るんだけど、まあそのこと自体はけっこうなことなんだけど、バスを放しちゃうやつがいるんだよねえ。あんなもん放された日にゃ、在来の魚類やいろんな昆虫の幼虫、トンボのヤゴなんかがことごとく食われてしまう危険があるわけで、それを、自分の勝手な楽しみのために放してしまうってのは困ったことですよ、全く。しかも、せっかく釣り上げたバスを、食わない。食わないもんを何で釣るんだ。後で書くけど、この湖にはじつに多様な生き物が生息しているわけで、それをことごとく滅ぼしてしまうようなことは、断じてしちゃいけない。まあ、どうせ釣るならいっそのこと、「清潟大ブラックバス釣り大会」をやって、みんなしてバス退治をしちゃって、ついでに、釣り上げたバスは、おいしく食べてしまおう、なんてほうが面白いよ。
 話がそれてしまった。それどころか、本題に入る前にスペースが尽きてしまった。というわけで、この続きはまた次回。

  

 
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