風だるま No. 45
新・にいがた水紀行・5

 
清潟公園を歩く(つづき)
小船井秀一
 
  
 ともあれ、潟のほとりを左回りにゆっくりと歩き始める。岸辺は砂浜になっていて、小さな波が繰り返し繰り返し静かに打ち寄せてくる。赤い色の舗装の歩道が少し続くが、すぐに切れて、代わりに木を細かく砕いたチップを敷き詰めた道に変わる(写真1)。木のチップは、時間の経過に伴って分解され、自然に還ってゆく素材だ。歩くと、ふかふかとした柔らかい感触が靴を通じて足の裏に伝わってくる。なるほど、と思う。
 ただ、僕は歩くことに関しては不自由を感じない立場だからそう思うわけで、そうでない人たち、足の不自由な、あるいは車イスを必要とする人たちにとってはこの道はどうなんだろう、とも思う。一つの大事なことに配慮すると、別の大事なことが後回しになってしまう、ということも確かに世の中にはたくさんあるが、これもその一つの例なのだろうか。
 先を進んでゆく。道は潟のほとりからわずかに外れたところを続いてゆく。潟のほとりは、ヤナギなどの、水辺に多い木がそのまま残っている(写真2)。新たに植えられた木もあるようだ。草のヤブもある程度そのままの形で残されているように見える。実際、この潟の周りは、一部を除いて、ほぼすべてが木とヤブだ。トンボのための楽園を作るために必要なものは、たとえ「公園」としての見場が多少悪くなっても残しておこう、という考えがあるのだろう。それはとてもよいことだと思う。
  さらにゆくと、ヤブが途切れて潟のほとりに近づくことのできるところに出た。木の陰から水面を見下ろすと、茶色がかった、しかしそれなりに透明な水が、それなりの深さでたゆたっているのが見えた。これまで、この潟が曲がりなりにも姿形を変えずに残ってこられたのはなぜだろう、とふと考える。農業用水として、砂丘地の中で農業を営む人々にとって貴重な水源だったということがいちばんの理由なのだろう。ただ、それだけではないような気もする。この、松林と田畑の真ん中に、忽然とまあるく広がっている湖には、何か、眺めているだけでのどかな気分になれるような、そんな感じを覚えたりもするもんで。

 ちょうど駐車場とは反対側に位置する岸辺には、この公園で最も大胆な建造物が出来上がっていた。大胆といってもそう大したことはないのだが、なんというか、上から見ると船の錨のように見える、木でできた休憩所と(写真3)、潟面につきだした通路と、その先の潟面の中にある、あずま屋風の建物だ(写真4)。清潟公園の中にあって、潟畔と潟面を最もいじっている場所だ。
   まあ、あんまり極端にいじられるのは困りもんだが(例えば小針浜の階段状の浜辺とか、佐潟の駐車場のあたりとか、ほんとにイヤですね)、この程度ならまあいいか、という感じもする。ほぼすべてを木で作っているせいもあってか、それほどの違和感は感じない。清潟の水を近くに感じることができる場所として、それなりの意味があると思う。
 ただ、バリアフリーの観点から見ると、ここもあんまりいただけない。とにかく段差だらけなのだ。
 ステージ状にしつらえられた休憩所に上がるのにまず段差。まあ、車イスの人はここのベンチには座らないっていえばその通りなのだろうが。
 で、そこから潟面のあずま屋に向かって延びる木の通路、これも地面からはいきなり二十センチは高くなっていて、さらに、潟面へと進んでいくと、途中いくつもの段差があるというご丁寧さ。少なくとも、車イスを利用している人々は、自分一人ではこの通路を通って潟の風景を眺める、ということは不可能だ。
 自然を多く生かした公園作りをすれば、どうしても、歩きづらい部分ができたり、都会的な感覚の「きれいさ」がなかったりということも当然出てくる。それは仕方のないことで、自然と親しむためには受容しなければいけない部分だと思う。だから、足の不自由な人がそういう公園を楽しみたいと思えば、周りの人が手助けをするということも当たり前のことだ。
 ただ、体の不自由な人が結果として締め出されてしまうような作りの公園にしてしまうのは、やっぱりよくないでしょう。特に、「段差」なんかは設計の段階から気を配っていれば全くなくてもいいはずなわけで。
 清潟公園が将来誰からも親しまれる公園となるためには、そういう部分で乗り越えなければならないことがある、と僕は思う。いい公園だから、なおさらそう思う。

  

 
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