|
|
|||||||||||||||||||||||||||
|
|
新・にいがた水紀行・6
|
|
|||||||||||||||||||||||||
|
妻有の里の「排水路」
|
小船井秀一
|
||||||||||||||||||||||||||
|
ふだん中魚沼の山の奥に住んでいると、「環境がよくて、いいですねえ」なんてことをよく人からいわれたりする。まあ、確かに、水はうまいし、空気はきれいだし、山菜・キノコなどの山の幸も豊富だし、なんだか食い物もうまい気がするし、牛乳もうまいし、銭湯として使える温泉もいっぱいあるし、新緑はきれいだし、紅葉もきれいだし、冬の大雪だけはたいへんだけど、なるほど、春夏秋冬、折々の風情を楽しめる、自然豊かな土地であることは間違いないと思う。 今住んでいる長屋の脇の土手には、雪が溶けるか溶けないかというときにさっそくフキノトウがいくつも顔を出すし、ゼンマイもあちらこちらに伸びていたりする。ちょっとヤブに入り込めば、それはもう山菜の「宝庫」といった趣だ。そして、谷間に、田んぼのあぜの脇に、道路の横に流れる透明な水。あのおっそろしいほど大量に降り積もる雪が、春になると、豊かな恵みを促してくれる流れに変わるのだ。新潟など、雪の少ない地方では感じることのできない、ましてや東京など太平洋側の人たちにはおそらく想像すらできない自然の豊かさが、僕らの今住む妻有の里にはまだまだ残っているといえるのだろう。 そんな環境だから、妻有の里には川が多い。信濃川、中津川、清津川といったでっかい川はもちろんだが、そこいらへんの裏山から流れ出た、といった風情の、小さくて清冽なせせらぎが多いのだ。河岸段丘の崖から信濃川に向かって注ぎ落ちる滝。龍ケ窪の水を源とする、冷たくて美しい渓流。田園の中の河道は、雑草と大きな石たちで形作られて、その中を縫うようにして水が流れ下る。清流好きの僕としては、なんとも堪えられない土地だ。 ところが、こんなに素晴らしい川を、変なふうにいじってしまっているところも結構あるのだ。それも、やはり都市化がそれなりに進んでいるところがそうだ。 十日町市の南西部、川治というところを流れる「川治川」という川がある。この川はすごい。何がすごいって、ほかでは見たこともないような「完全コンクリート固め」の「排水路」に仕立てられちゃっているからだ(写真)。
しかし、何でまたここまでしちゃうんだろうか。近くまで住居が迫っていて、その安全確保のために、「壊れない」ことを第一義にした改修をした結果なのかも知れない。でも、生命をはぐくみ、僕らの心を豊かにしてくれるはずの水辺が、こんなに殺風景な、すべての生き物を拒否した、危険な姿であっていいのだろうか、と、どうしても思ってしまうのだ。 地元の友人は、「昔はあの川で、ヤマメを釣ったりしたもんだ」と言っていた。「あんなになってから、鉄砲水みたいなことによくなる。人が流されたこともあったはずだ」とも。自然を征服して生きていくことの不自然さ、無理を、僕らはようやくわかってきたところだと思う。だからこそ、自然とのかかわりを完全に無視したこういう川を見ると、深くため息をつかずにはいられないのだ。 妻有の里は、水の里だ。いつまでも美しくあってほしいものだと思う。
|
|||||||||||||||||||||||||||
| 水紀行目次 | |||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||
| 制作・管理 反画工房 | |||||||||||||||||||||||||||