風だるま No. 48
新・にいがた水紀行・8

 
身近にある「可動堰」妙見堰
小船井秀一
 
  
 今年(1998年)僕が悔しかったというか残念だったのは、どうしても見に行きたかった徳島の吉野川第十堰を見学に行くことができなかったことだ。江戸時代に作られた堰が、今も変わらない形で残っていて、しかも周辺の環境にきわめて好影響を与えているという堰を、どうしてもこの目で見てみたかったのだけれど。なんか、話で聞いたり本で読んだりテレビで観たりした印象では、僕が子どものころ、夏休みによく訪れて泳いでいた、紫雲寺町の加治川の洗堰とよく似ている感じなんだね。紫雲寺橋下の洗堰は、いい加減古くなって、あちこちに穴ぼこがあいていたり、水草がびっしり生えていたりするんだけど、そんなところには魚がうようよ泳いでいて、魚とりの子どもたちの格好の狙い目になっていたりした。また、堰の下流側では、きれいな水がどんどんと湧き出してきていた。堰が川水をろ過していたんだろうと思う。そんなところも、吉野川第十籍に似ている感じがした、と思う。今はもう河川改修のために、そんな面影はさっぱり残っていないが。
 てなわけで、今年は(繰り返すが一九九八年)もう、吉野川見学はあきらめて、来年にまわすことにした。なにしろ計画性というものが全くないいきあたりばったりの性格なんで、どうなるかわからんが。おまけに「ばらくて」なんか作っちゃって、これが大赤字なもんだから、果たして金があるんだかどうだか。しかし、可動堰の工事が始まる前には(始めさせちゃならんわけだが)絶対見に行くぞ、と心に誓うのでした。
 しかし、可動堰というのは、別に長良川や吉野川にだけ特別にあるもんじゃない。実はすでに、日本全国どこにでも、川のあるところ可動堰あり、という感じなんだね。発電用ダムなんてそんな感じのところが多いよね。川だって、大河津分水の堰なんかは可動堰だと思ったけど。
 そこで、今回見に行ったのが、小千谷市と長岡市の境目にある信濃川の「妙見堰」。パンフレットによると、全長524m、主ゲート七門、調整ゲート一門の計八門により流量調節を行うんだそうだ。その目的は、これもパンフレットによると、
 1.河床の安定と農業用水、上水道用水の確保
 2.JR小千谷発電所からの放流水の逆調整
 3.国道一七号バイパス橋架橋
ということだ。工期は4年半、完成は1990年、総工費は220億円(!)という巨大プロジェクトであるわけだ。
 妙見堰右岸側にある「妙見記念館」で見学を済ませた後、妙見堰を渡ってみる。信濃川の上流部と下流部を見比べながら歩く。
 で、思ったこと。
 これって、ダムだよなあ。
 前述の目的を見ればわかるように、この堰の建設目的は「ダム」そのものだ。山奥のダムと違って高さがないから、「堰」を名乗ってるだけなんだよね。実際問題、堰にさえぎられて魚が行き来できないから、ちゃんと堰の両端に「魚道」が設けられている(これがまた、例によって、くその役にも立たんような魚道なんだね。パンフにゃ「魚道を力強く遡上する鮭」なんてわざとらしさ100%の写真が載ってるけど)。つまり、作る気になりゃ、別に山奥の谷間でなくても、ダムは作れるんですよ、っていう見本みたいなもんなわけですよ。長良川河口堰とおんなじように。
 しかも、この堰は、長良川河口堰と同じか、あるいはそれ以上の問題をはらんでいるらしいとうわさされている。それは、「ジャピック計画」というやつだ。この妙見堰で湛水した信濃川の豊富な水をポンプアップして、途中いくつかのダムを経由して逆送し、トンネルをくぐらせて関東に持っていき、関東の水不足を一気に解消しよう、というとんでもない計画だ。今はこの計画を口に出す政治家、役人はいないし、もちろんパンフレットにも書かれていない。しかし、数年前の「水郷水都全国会議新潟大会」で、ジャピック計画について得々と発表して参加者の大ひんしゅくを買った広井某とかいうヤツがいたが、水面下ではまだこの計画は死んでいないということを表しているということだろう。しかし。
 いくら何でも、その地域、地方の環境状況を形作る重要な要素の川の水を、工業製品のように右から左へと動かすっていう発想が、どうも僕には信じられない。「ジャピック計画」は、このまま沈んだままになってもらうしかないと思う。

 

 
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