風だるま No. 49
新・にいがた水紀行・9

 
白鳥のいる湖・いない湖
小船井秀一
 
  
 「白鳥の湖」といえば、県内では水原町の瓢湖、新潟市の佐潟、鳥屋野潟豊栄市の福島潟なんかが以前から有名だが、最近は、そのほかのいろんな湖にも、多くの白鳥が集まっているらしい。それをいいことにというか何というか、ちゃっかり「水辺公園」にしちゃったりしている所も多いようだ。
 神林村にある「お幕場大池公園」も、そんな公園の一つだ。こないだまで村上市の瀬波病院にお世話になっていた関係で、そちら方面に足を延ばすことがよくあって、その道すがら、窓の外を見ると、その公園があって、何しろ人一倍の「湖・渓流好き」なもんだから、何となく気になっていたのだった。
 で、ここが気になっていた理由は、実はもう一つあって、白鳥たちがいっぱい集まってくる大池の西隣に、もう一つ池が見えて、そこは大池に比べて、すごくひっそりした感じに見えたからだ。隣り合わせの湖(といってもどっちもそんなに大きくはないが)の、雰囲気の違いが面白そうだと思って、今回、見に行ってきた。
 メインの湖、大池の入り口には、「お幕場大池公園」のでかい看板がでーんとあって、そこを目印に入っていくと、湖のほとりにはちょっとした駐車スペースが広がっている。特に売店などの施設が整備されているわけではないが、公衆トイレや展望台なんかは用意されている。湖の真ん中あたりには、いかにもありがちなあずま屋風の建物なんかも建っている。木を擬したコンクリート製のベンチがあちこちにあったりするのもお約束だ。
 で、白鳥。まだ日のある午後なのだが、落ち穂拾いに出かけてない怠け者の白鳥が、ざっと見たところ五十〜百羽近くいただろうか。時折雪が舞い、冷たい風が吹き過ぎる寒い日で、土曜の割には見物客は少なかったが、それでも子供連れの家族など数組が、水辺に近寄って、白鳥の巨大さに目を見張ったり、餌を与えたりしていた。餌付けは、ここではフリーらしく、近くには餌を販売している店の看板もあった。
 池を一周してみる。が、池の北東部は道がないので、その反対側半分を歩くことにする。
 水面を眺めると、白鳥をはじめとする鳥の羽根が、少なからぬ量ぷかぷか浮いている。水も、特に流れ出るところもないらしいためか、結構濁っている。いわゆる野生動物の体臭というのか、糞尿のにおいというのか、そんなにおいがあたりに漂う。ま、こんなのは、瓢湖だって似たようなもんで、いっぱい水鳥が集まる湖というのは、だいたいこんな感じになる。餌付けでもって鳥を集め、観光地化するのはいいが、その結果は、鳥たちの「半家畜化」と、水質の汚染だ、というのは、以前の「水紀行」でも書いた通りだ。
 さらに進み、奥の方まで行く。奥の方の水面には、今度は一羽の白鳥もおらず、カモの姿ばかりが目立つようになる。白鳥は、えさをくれる人間がいる方にしか集まってこないわけだ。その分、その風景は、心なしか「自然」に近づいたような感じがする。
 遊歩道をさらに進むと、前述した、「もう一つの湖」が見えてくる。松くい虫にやられてがらんと開けた松林をくぐっていくと、その湖にかかる木橋にたどり着く。そこから水面を眺めると、あら不思議、一羽の鳥もいないのだ(これはほんと、文字通りに)。雪のうっすら積もった木橋には人の足跡はなく、今の時期、誰もここに来ないことをあらわしている。水面には木の陰が逆さに映り、水の中には水草が生え、時折吹く風がさざ波をつくっている。水は、もちろんゴミなんかも結構浮いていたり沈んでいたりするが、それなりに透明度もある。じつに静かなたたずまいだ。これは早い話、こっちの湖では、誰も餌をくれる人がいないってことが大きな理由なんではないかと思う。水が澄んでいるということは、その分栄養分も少ない、と言えなくもない。楽に餌を食べられるところに住んでいたいというのは、ごく当たり前の気持ちだろう。
 大池と、この湖と、どちらの方が「いい」湖なのだろう。生きものの(この場合は白鳥やカモ)姿が豊富だから自然豊かな場所だ、とは、とても言えないことは確かだ。いわゆる公園整備や護岸工事をきっちりとやっている大池よりも、それなりに自然のままの風情を残している「もう一つの湖」の方が、僕には魅力的に映った。単に白鳥が来ればいいってもんじゃないのだ。

 

 
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