2003狽1月15日発行号

旗野秀人の「阿賀」

――『阿賀野川 昔も今も宝もん』を見て――


オブナイ秀一(「ばらくて」編集人代表)

 
 だいたい、若いころに映画を撮ってみたいと思ったことのない人はいないはずだ(断言)。今はほとんど映画など見ないぼくだって、大学生のころには自主映画を撮っていたものだ。新潟に帰省して、自分で脚本を書いて撮影して監督して撮ったやつは、当時の新潟市公会堂で催されていた『にいがた映画祭』で主演女優賞をいただいた(監督は関係ないじゃん)。たとえ映画を見なくたって、撮るのはほんとに面白かった。今だって、機会があれば、やっぱり撮ってみたいと思う。
 なぜ、人は映画を撮ろうと思うのだろう。
 それは、撮らなければならない必然性があるからだ。
 それはたとえば、心からあふれる喜びだったり、こらえ切れぬほどの怒りや悲しみだったりといった、どうしても人に伝えたいなにかだったりするわけだが、旗野さんにもそういった何かがあったにちがいない。
 では、旗野さんは、何を撮りたかったのか。何をわれわれに伝えたかったのか。
 そのベースにあるもの、それが『阿賀に生きる』であることはもちろん明白だ。あの映画はわれわれにすばらしい感動を与えてくれたが、旗野さんは、我々が得たよりはるかに大きい何かをあの映画から受け取ったのだろう。そして、あれから十年たった今、旗野さんは、自分自身の中で育っていった、自分自身にとっての「阿賀」を、もう一度見つめ直し、確認しようとしたのではないか。
 淡々と流れる映像、ナレーション、そしてエンディングの参治さんの唄。この映画には確かに、旗野さんにとっての今の「阿賀」の姿がある。そこには、すでに失われてしまったものもあり、だからこそ、語り継いでゆかなければならないものもある。新潟水俣病という大きな事件はもちろんだが、それだけではない。近代がもたらした「発展」や「成長」によって消えてしまった多くのもの。未来につなげなければならない何か。旗野さんのカメラアイは、静かにそれらを見つめている。


 
季刊ばらくて '02秋号(10号)
目次■グラビア『阿賀に生きる』の10年 芳男さんの居た場所:村井 勇/●特集1 『阿賀に生きる』の10年/阿賀のほとりで特別編/お迎えがくるまでがんばろう:旗野秀人/『阿賀に生きる』に学ぶ:大熊 孝/『阿賀に生きる』から10年:佐藤 真/収まりのいい文脈に回収させてしまってはならぬ:下村 伸/文化酒場スペシャル/●特集2 文化現場苦闘の10年/文化現場への応援メッセージ:大倉宏・井上朗子・生沢圭・小船井秀一/文化現場血風録 独立へ至る道:小川弘幸/●連載 絶滅近しツキノワグマ:板垣 悟/そふとどりんく・とーく:久須美雅士/勝手耳の勝手口:清水あづさ/Poetic Acrobat:ヒロセ煌/みじかい風景:樋口冬子/ゲームの鬼:川上康晴/図書館の話をしましょう:中山佳奈恵/神戸より:木村和宏/写真連載  四ページのユウウツ:村井 勇/連載マンガ 今日も元気:上田浩子/マンガ批評 わたしはそれをがマンガできない:川瀬恵美子/シリーズ 鵺式 その6 危うい最大公約数の話:吉田 勉/巻末コラム 場末でトグロ巻き:小船井秀一/編集人酔談「文化酒場」

1992年、新潟は阿賀野川を舞台に、一つのドキュメンタリー映画が誕生しました。その名は「阿賀に生きる」。新潟水俣病に侵されながら、それでも平凡な日常を淡々と生きる人々を撮ったこの映画は、しかし、新潟だけにとどまることなく、全国の人々に深い感銘を与えました。そしてその感動は今もうすれることなく続き、今年の十周年イベントも多くの人々を集め、盛大に行われました。記念すべきばらくて十号は、そんな「阿賀に生きる」の十年を特集します。